事態は滑稽ではあったが、深刻でもあった。 だが同時にそれは、自分たちが 星矢は、「勇気を持って正面から困難に立ち向かえ」と無責任な正論を振りかざして、瞬を氷河のいるラウンジに引っ張り出した。 氷河の姿を視界に映しただけで、がたがたと身体を震わせ始めた瞬を、無理矢理氷河の真向かいのソファに座らせる。 氷河は、苦しげに眉根を寄せて そんな瞬を見詰め、瞬は氷河の眼差しに出合うと、今にも泣き出しそうな顔になった。 そして、恋を知らない星矢は、恋し合う二人を無視して、現状打破のためのディスカッションを勝手に始めてしまったのである。 氷河がシベリアに引きこもるというやり方は、それが問題の先送りに過ぎず、また根本的な解決ではなく回避に過ぎないが故に、星矢には容認し難い対処方法だったのだ。 「なあ、いっそ、逆療法で、1週間くらいやりまくってみたらどうだ? 枕元にカロリーメイトか何かを1週間分置いといてさ。いくらなんでも飽きるだろ、さすがに」 「飽きなかったらどうする。俺は瞬を殺すぞ、必ず」 「1週間後に様子を見にいったら、繋がったままの死体が2つか。ぞっとしないな」 あまりにも乱暴な星矢の提案に、氷河と紫龍から反対意見が出る。 瞬は、彼等の横で、見ている者が気の毒になるくらい小さく身体を縮こまらせていた。 人と人が愛し合い求め合う行為は美しい。 だが、それが肉体的なものであれ精神的なものであれ、それなしでは生きていけないほどに求めすぎることは危険なことであるようだった。 愛とは、強く深ければいいというものではないらしい。 与える愛、受け取る愛共に、理性でコントロールできなければ、それは人を滅ぼす危険な力なのだ。 「1週間いたしまくるというのは乱暴だが、毎日するのは、さほど常軌を逸したことではないと思うが」 星矢よりは余程 落ち着いた口調で、今度は紫龍が別の案を提示する。 もちろん、氷河からはすぐに反対意見が出た。 「そんなことをして、瞬が死んでしまったらどうするんだ!」 「ただし、1日1回厳守」 「無理だよ!」 あろうことか紫龍の提案に物言いをつけてきたのは、それまで仲間たちの横で小さくなっていた瞬だった。 瞬以外の青銅聖闘士たちが、驚いたように瞬を見詰める。 「そ……そんなの、無理だよ……。僕は夕べだって自分を止められなかった。何度も これでやめようって思ったのに、何度も もう氷河を離してあげなきゃならないって思ったのに、そうしようとしたら つらくなって悲しくなって泣きたくなって、僕が泣いちゃったら、氷河は優しいから……」 ――行為を続行してしまうというのだろうか。 氷河が瞬の涙に屈してしまうのは、優しいからなのか、好き者だからなのか、あるいは単に惰弱なだけなのか、それは氷河当人にもわかっていないことなのだろうが、紫龍としては、この事態を打破するのに、他の解決策はないように思われたのである。 そもそも1年に1度という制限が、白鳥座の聖闘士とアンドロメダ座の聖闘士を狂わせているのだと、彼は考えていた。 「1年間 顔を合わせることもなく悶々としていたら、お互い 欲求不満を募らせるだけだろう。離れたら、また1年会えないのだと思えば、離れたくなくなるのは当然のことだ。だから、いつまでも飽きないし、まあ、その……できてしまう。おまえたちはサルではなく人間なんだ。自分をコントロールする技くらい、自分で身につけろ」 これまで小宇宙を無限に燃やすための修行や努力ばかりを続けてきたアテナの聖闘士に、今になって抑制の技を身につけろというのは過酷な要求だということは、紫龍とて承知していた。 だが彼等は、アテナの聖闘士である前に、一個の 「1日1回だけというのは、確かに過酷なことかもしれないが、それを厳守すれば、毎日氷河と一緒にいられるようになるんだぞ。そうすれば、おまえはもう寂しい思いをせずに済む。空ばかり見あげて、溜め息をつくこともなくなる。空の代わりに氷河を見ればいいんだからな」 紫龍の挙げた案は とても実現できるものではないと決めてかかっていた瞬が、彼のその言葉には大いに心を動かされたようだった。 瞬は肉体だけで氷河を恋しているのではないのだから、それは当然の反応である。 「ま……毎日氷河を見てられるの……?」 独り言のように そう呟く瞬の眼差しは、紫龍の語る未来を思い浮かべて 陶然としていた。 「寂しくなっても、名前を呼んだらすぐに側に来てもらえるようになるぞ。年に1度 死にかけるほどやりまくるのも結構だが、氷河と毎日一緒にいられることの方がずっといいとは思わないか?」 紫龍の語る未来に、瞬はほとんど夢見心地だった。 その夢を実現するためになら、多少の苦難や障害など どれほどのものだろう――と思う。 苦しみを乗り越えた果てに得られるものに価値があると思うから、瞬はアンドロメダ島での修行にも耐え抜くことができた。 まして、今再び瞬の前に現われた試練の先にあるものの価値は、瞬には、一生をかけても それ以上のものを見い出すことはできないに違いないと思えるほどのもの、まさに至福そのものだったのだ。 「ぼ……僕、頑張る。1日1回だけでやめられるようになる……!」 凛々しく雄々しく決意した瞬に、 「瞬、俺は無理だ……」 氷河が絶望的な様子で呻く。 しかし、一度 至福の夢を垣間見てしまった瞬は、もはやその夢を諦めることはできそうになかったのである。 「僕、毎日 氷河と一緒にいたいんだよ!」 悲痛な声で、瞬は氷河に訴えた。 瞬はこれまでずっと、そうすることのできない日々に苦しみ続けていたのだ。 「今頃、氷河はシベリアでどうしてるのか――って考えながら、泣いてばかりいるのは もう嫌なんだ……!」 瞬の瞳には涙がにじんでいる。 「瞬――」 瞬に泣かれてしまったら、優しくて好き者で惰弱な白鳥座の聖闘士には抗う術も力もなかった。 瞬のために――瞬の瞳から涙を取り除くために――氷河は悲壮な表情で、その過酷な試練に立ち向かう決意をしたのである。 |