『氷河が元に戻るまで、どっちの氷河ともお友だちのままでいますっ』
瞬の決定は、ある意味では実に妥当なものだった。
それが最も 後に問題を残さない選択だろうと、氷河自身も思っていた。
入れ替わった二人の精神が、早晩元に戻るという保証があるのなら。
明日には――せめて3日後には――自分の身体を取り戻すことができるというのなら、氷河とて しばらくの間 瞬とオトモダチの関係を維持することくらいは我慢できるつもりだった。
だが、その日はいったい いつやってくるのか――そもそも その日は本当に訪れるのか――。
我慢の期限がわからないことが、氷河を苛立たせ、焦らせていたのである。

「瞬……。話をするだけなら いいだろう?」
瞬の部屋のドアを、彼らしくなく ゆっくり静かに開けて、氷河は瞬に入室の許可を求めた。
「う……うん」
“お友だち”を拒むわけにはいかないと思ったのか、暫時ためらいを見せはしたものの、瞬は結局は他人の顔をした氷河の入室を許した。
オトモダチの登場にびくついている瞬に気付かぬ振りをして、氷河がいつもの通り、瞬のベッドを椅子の代わりにする。

「俺は――元に戻りたい。本来の俺に戻って、おまえを抱きしめたい」
それは、元に戻るまでは瞬に触れないと暗に告げ、瞬を安心させるための言葉だったのだが、残念ながら氷河の言葉は瞬を更に怯えさせることしかできなかったらしい。
瞬に気取られぬように、氷河は細く嘆息した。

「どうすれば元に戻ると思う?」
「あ……ありがちだけど、もう一度同じようなショックを与えてみるとか……?」
「それはもう幾度も試したんだ」
「そ……そうなの……」

実際、グラード医療センターの医師たちは、入れ替わってしまった2つの人格を元に戻すべく、彼等が思いつく限りの処置を試みてくれたのである。
アテナの聖闘士である氷河はともかく、一般人であるところの白鳥氏に10万ボルトの電気ショックを与えることをさえ、彼等はした。
それでも元に戻らなかったから――氷河は、苛立ち以上に不安を抑えることができなかったのだ。

「おまえに触れられないのがつらい。抱きしめられないのがつらくてならない」
「氷河、僕だって……! でも……」
氷河の声――白鳥氏の美声――には、苦渋の色が濃くにじんでいる。
オトモダチの感情のこもった美声に大きく心を揺さぶられ、瞬は、彼の大切なオトモダチに すがるような視線を向けた。
うっすらと涙の膜のかかった瞬のその眼差しに出会った途端、氷河の身体の某所が――正しくは、白鳥氏の身体の某所が――実に正直な反応を示す。

「や……やだっ!」
氷河は最初、瞬が何に青ざめているのかがわからなかったのである。
そして、氷河がその事実に気付いた時には、瞬は既に自分の部屋から逃げ出してしまったあとだった。






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