「どうしてこう敏感というか、正直というか、こらえ性がないんだっ! 自分のもののコントロール方法も知らんのか、この身体はっ!」
氷河は、この失態の責任が自分にあるとは思っていなかった。
すべては、本来彼のものではない某オペラ歌手の馬鹿正直な身体が悪いのだと、彼は頭から決めてかかっていた。

「そんなとこまでコントロールできてたら、白鳥のにーちゃんだって、舞台であがったりしないんじゃねーの?」
「堪え性のない身体が堪え性のないおまえの精神とタッグを組んでいるんだ。当然といえば当然の現象だな」
星矢と紫龍の 実に尤もな意見に、氷河が顔を歪める。
その尤も至極な意見を吐いた天馬座の聖闘士は、しかし、この事態に納得がいっていないようだった。
この事態――つまり、白鳥氏の身体の暴走に気付いた瞬が、彼の前から逃げ出してしまったこと――の訳が、星矢にはどうしてもわからなかったのである。

「てゆーかさー。なんで瞬がそれくらいのことで、おまえから逃げ出すんだよ? これまでだって、そんなシチュエーションは何回もあったんじゃねーの?」
お得意の素朴な疑問を、星矢が再び持ち出す。
氷河は、憤然とした態度で、星矢の馬鹿げた疑問を一蹴した。

「そんなシチュエーションは、これまでただの一度もなかった。そもそも“氷河”は、瞬の前では、決して瞬に その素振りを見せてはならんのだ」
「なんで」
「瞬が怖がるからだ」
「瞬が怖がるって……。瞬は、毎晩おまえのそれを突っ込まれてたんだろ?」
この場に瞬がいないのをいいことに、星矢は全く言葉を選んでいない。
この場に瞬がいないから、氷河は、星矢の杜撰な言葉の選択を咎めることをしなかった。

「言っておくが、瞬は、一度もおれのモノを見たことがない」
「へ?」
「一度触らせようとしてみたら、瞬は怖がって俺を突き飛ばしてくれた」
「それでよく……」
「瞬は、入れられるのは好きなんだ」

第三者である星矢はともかく、当事者である氷河の直截的に過ぎる物言いに、紫龍は顔をしかめた。
同時に、言葉を選ぶだけの精神的余裕が氷河からは失われつつあるのかと、心配もした。
だがすぐに、氷河は 瞬がいない場所で言葉に気を遣う必要性を認めていないだけなのだろうと、彼は考えを改めたのである。

「視覚では知らなくても、身体が知っているというわけか。確かに、見えていなければ怖れを感じることもないだろうが――」
全く同じものとまでは言わないが、似たようなものを持っているはずの瞬のその反応が、紫龍は不思議でならなかった。
まあ、相手は あの瞬なのだから、あまり一般的な反応を瞬に期待するのは間違っているのだろうと思わないでもなかったのだが。
いずれにしても、氷河が、あまり一般的でない反応を示す瞬と情交に及ぶために、人知れず苦労を重ねていたことだけは、彼にもわかったのである。

「瞬とコトに及ぶ時には、俺はいつも、瞬を怯えさせないように、なるべく顔だけを見せて、それも優しそうな顔だけを見せて、瞬を安心させてやっているんだ。言っておくが、俺はどこぞのあがり症のオペラ歌手なんかよりずっと、表情を作るのがうまいし、演技力もあるぞ」
「でも、それって やりにくくねー?」
「コトが佳境に入ると、瞬は固く目をつぶってしまうからな。そのあとなら、まあ、俺は好きなだけケダモノになれる」
「つまり、やっぱり顔が大事ってことかー……」
氷河の顔は、やはり彼の最強最大の武器であるらしい。
初めて知った氷河の苦労と苦心に、星矢は目一杯あきれた顔になった。

「俺が瞬のためにどれだけ苦労しているか、それがわかったら、少しは俺を尊敬しろ」
白鳥氏の顔をした氷河が、偉そうにそう言って、肘掛け椅子にふんぞりかえる。
その時氷河は初めて、ラウンジのドアの前に、いつのまにか瞬が立っていることに気付いたのだった。
「しゅ……瞬…… !? 」

羞恥と怒りが、瞬の頬を真っ赤に染め、瞬の身体をぶるぶると小刻みに震えさせている。
言葉を選ばない氷河の下品・下劣な発言を、瞬はいつからか その場でしっかり聞いてしまっていたらしい。
「氷河のばかっ!」
氷河に弁解する間も与えず、瞬はまたしても彼の前から逃げ出してしまっていた。






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