「はい、そこまで」
氷河の無謀にストップをかけたのは、先日来グラード・エンターティンメント社で対策会議に明け暮れているものとばかり思われていた女神アテナ その人だった。
氷河が、彼女の小宇宙に触れて、失っていた意識を取り戻す。
こんな時に自分は気を失っていたのかと己れを訝った氷河は、自身の体がひどく軽くなっていることに気付いた。
そして、自分が、城戸邸の裏庭に続く回廊の端に立っていることに。

彼が今立っているところから20メートルは離れた、まさに戦場のただ中に、白鳥氏の身体が倒れているのが見える。
瞬と瞬の仲間たちと瞬の敵たちが、日本で最も有名なオペラ歌手の身体を呆然と見詰めていた。

「氷河」
アテナに名を呼ばれ、氷河は僅かに眉根を寄せることで、彼女に答えた。
そんなちょっとした仕草にさえ、我が身で為すことの手応えと自然を感じる。
氷河の反応を確かめたアテナは、戦場に倒れている白鳥氏の肩に手を置き、女神の小宇宙で彼を包み始めた。
「氷河が元に戻ったのなら、彼も大丈夫でしょう。ちょっと荒療治になってしまったけど、やはりこうするしかないと思ったのよね」

「荒療治――って、沙織さん……」
何となく氷河の無謀の上をいくアテナの無謀の内容についての察しはついたのだが、とりあえず星矢は彼の女神に事情説明を求めた。
沙織が、全く罪の意識のない顔で、星矢の求めに応じる。

「だから、瞬を絶体絶命の危機に陥れるしかないと思ったの。でも、あなたたちは変に強くなりすぎて、その辺の雑兵が相手では闘いらしい闘いにもならないでしょう。だから、ハーデスに掛け合って、彼等を借りてきたの。瞬を集中していたぶっていいと言ったら、彼等も快く私の要請を受け入れてくれたわ。どう? アテナの加護を受けた冥界三巨頭は強かったでしょう?」
あまりのことに唖然としているアテナの聖闘士たちに向かって、彼等の女神は、悪びれた様子もなく にこやかに微笑んだ。

「まあ、我々としても、可愛さ余って憎さ百倍というか、憎さ余って可愛さ百倍というか、いたぶる相手は、苦しみ悶える姿に萌えられる相手がいいですからね」
三巨頭を代表して そう発言したミーノスの趣味のよさに感嘆・納得し、アテナの聖闘士たちは どっと脱力したのである。






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