すべては元に戻った。
氷河は自らの顔と身体を取り戻し、アテナの聖闘士としての居場所を取り戻し、白鳥氏は彼の姿と声を取り戻した。
すべては元に戻り――元に戻っただけだった。
つまり、沙織が最初に解決を試みようとした白鳥氏のあがり症も元のままだったのである。

これでは、大山鳴動してネズミ一匹出てこなかったことになる。
氷河は、それでも この結末に安堵していたが、瞬の方はそうはいかなかった。
一般人を闘いに巻き込む事態を招き、それで巻き込まれた当人が得たものといえば、普通に暮らしていたならば経験せずに済んだはずの混乱と恐怖だけだったのだ。
申し訳なさに落ち込む瞬に、しかし、沙織はけらけらと笑って首を横に振った。

「そんなことないわ。瞬のおかげであがり症の原因がわかったとかで、彼、今、練習室の壁中に瞬の特大パネルを何枚も貼って、緊張しない特訓をしているわよ。最初は幾つものあなたの顔に囲まれて、ガマの脂絞り状態だったんだけど、段々慣れてきたみたい。それにあなたたちのバトルを見て、舞台で失敗しても死ぬわけじゃないって思ったら、怖いものがなくなってしまったんですって」
「そ……そうなんですか……?」
「ゲネプロの時には、瞬も劇場に来てちょうだい。客席に瞬がいても上手く歌えるようだったら、本番も大丈夫だと思うわ」

沙織は、彼の舞台デビューは成功するものと確信してるらしい。
彼女がそう信じているのなら、事態はその通りになるだろう――と、瞬と氷河は思った。
なにしろ この世界の8割方は、沙織の望む通りに動くようにできているらしいから。






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