「まるで夢の世界みたい」
裸のままで、瞬は、両手を空に向かって伸ばしてみた。
手首には氷河の愛撫の跡が残っていて、これが夢ではなく、現実のことだとわかる。
視覚に頼らなくても、氷河と繋がっていた部分には しびれるように重く心地良い痛みが残っていたし、二人がここに存在し、生きている人間だけが抱く欲望を満たし合ったことは確信できた。
何より氷河が瞬のすぐ横にいて、瞬が空に向かって伸ばした手に指を絡めてくる。

この世界は本当に、望んだことが夢のように何でも叶う世界なのだと、瞬は信じ始めていた。
現実的であってほしいと願う部分は現実的に、幻想的であってほしいと願う部分は幻想のように美しく、この世界では ありとあらゆることが住人の――瞬の――望む通りになる。

「ここには、こんな服 あんまり似合わないね……」
傍らに脱ぎ捨てられた服を見て、瞬が呟くと、まるでこの世界の管理人ででもあるかのように、氷河が尋ねてきた。
「どんな服がいいんだ」
「ほら、古代のギリシャの、丈の短いスカートみたいな白い――キトンっていうの?」
瞬が言い終わる前に、瞬が欲しいと望んだものは、すぐに魔法のように忽然とその場に出現した。
「氷河も――氷河は、もう少し厚手の布の、もっとはっきりした濃い色の、でも、黒は駄目」
その願いもすぐに叶う。
この世界で、多少なりとも瞬に逆らうのは氷河だけだった。

「おまえはともかく、俺にこんな太腿丸出しの服を着ろというのか」
瞬に押しつけられた濃紺のキトンに氷河は不満そうだったが、衣服のことで頓着しない氷河を  瞬はよく知っていた。
氷河が不承不承、瞬の望みを叶える。

氷河の本意はどうあれ、その太腿丸出しの服は、氷河に非常に似合った。
顔の端正と身体の均整、氷河は何を着ても似合うようにできているのだ。
瞬は、ふてくさった顔をしている氷河を、うっとりと見あげた。
「ギリシャ神話に出てくる羊飼いみたい」
「この世界にも羊がほしいか?」
「羊?」

氷河に問われた時、瞬は、人間と違って羊なら その心をおもんぱかる必要もないだろうから、この世界を飾る花々と同じようなものとして、この野原にその生き物を置いてもいいかもしれないと思ったのである。
が、瞬はすぐに考え直した。
相手の心を考えなくていいものは、こちらの心も気遣ってはくれないだろう。
しかも、それは、花と違って勝手気ままに動きまわる。
瞬は、首を横に振った。

「パリスもエンデュミオンもダプニスも、ギリシャ神話に出てくる美青年って、みんな羊飼いでしょ。だから、そう思っただけ」
「俺には羊の世話はできない。おまえの世話ならいくらでもしたいが」
瞬の言葉に安堵したように、氷河が笑う。
羊の世話を押しつけられることを、彼は心底から怖れていたらしい。

この世界で初めて見る氷河の笑顔。
急に心が浮き立った瞬は、彼の笑顔に引き込まれるように、彼自身も この世界で初めて笑った。






【next】