初めての彼女ができて浮かれたのか、氷河はその日以降 毎日のように瞬を外に連れ出して、恋人ごっこに興じるようになった。
彼に本物の“彼女”を作られるよりは――と考えて、瞬は彼に付き合い続けたのである。
側にいるとつらいのに、瞬は氷河と離れていることが不安だったのだ。
“振り”のデートを重ねているうちに、瞬は氷河に肩を抱かれることに慣れ、寄り添い歩くコツも会得した。
瞬はまもなく、氷河の彼女の役をそつなく こなせるようになり――だが、瞬は、城戸邸に戻ると、むしろ以前より氷河との間に距離を置くようになったのである。

「おまえら、ちゃんと進展してんのかよ? なんか、瞬の奴、最近おまえを避けてないか?」
「進展……しているようでしていない」
ほとんど何も考えずに そう答えてから、なぜ星矢は“振り”の恋人同士の進展具合いなどを訊いてくるのかと、氷河は訝った。
氷河の不審を気にかけた様子もなく、星矢が、仲間の前で腕を組み、大きな嘆息を洩らす。

「うーん……。おまえが一人暮らしでもしてるなら、家に呼ぶとかできるんだけど、城戸邸合宿生活じゃ、その手は使えないしなー」
「……」
どうやら星矢には、すべてがバレているらしい。
今になって氷河はその事実に気付くことになった。
白鳥座の聖闘士がアンドロメダ座の聖闘士に懸想していることを承知しているからこそ、星矢は瞬に仲間の彼女の振りをさせるなどという突飛なアイデアを思いついたのだろう。
そして、それが、仲間の恋の成就につながるかもしれないと考えて、瞬にそれを半ば強要してのけたのだ。

星矢にバレているのなら、当然紫龍も気付いているだろう――と氷河が考えたところに、その紫龍が横から口をはさんでくる。
「ありがちだが、風邪をひいた振りでもしてみたらどうだ。で、瞬に看病させる」
己れの気持ちを殊更隠そうともしていなかったのだから、バレないはずがないかと開き直った氷河は、彼等の的確な推察を否定しないことで、その事実を認めたのだった。

「俺が風邪? そんな馬鹿げた冗談を、瞬が信じてくれるとは思えんが……。たとえ信じてくれたとしても、そんなことになったら、瞬は普通に仲間として俺を気遣うだけだろう」
言葉とは裏腹に、氷河は紫龍に示された企てを実行に移してみるのもいいかもしれないと考え始めていた。
進展するどころか、瞬との外出を重ねるほどに、瞬に距離を置かれているような気がして、氷河は正直、藁にもすがる思いだったのだ。

「そこいらへんは、俺と紫龍とで、瞬に意識させてやるって。いいから、おまえは熱出した振りして、自分の部屋で寝てろ」
「どうせ、瞬に甲斐甲斐しく世話をしてもらったら、それだけで熱が出るだろう」
星矢と紫龍は、仲間の恋の行く末を案じているというより、むしろ他人事として面白がっているようだった。
そう思わざるを得ないほど、彼等の口調は軽快で楽天的だった。
だが、八方塞がりの状態に追い込まれていた氷河は、ともかく今は藁にでもすがりたい心境に追い込まれていたのである。
彼は、仲間たちの立てた計画に乗ることにした。






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