Across the dark road

- I -







見目麗しく、物腰穏やか、滅多なことで感情を昂ぶらせることなく常に冷静沈着、その上、身分の上下を問わず誰にでも紳士的――というのが、ヘレネスの国の王子の衆目の一致した評価だった。
唯一の欠点は、実の弟のように育てられた一つ年下の異国のみなしごに逆らえず、甘すぎること。
王子の名をヒョウガといい、彼に甘やかされ放題の孤児の名をシュンと言った。


「だから、ヒョウガがもっと一国の王子らしく偉そうにふんぞりかえっていてくれないと、僕が困るのっ。なんで僕がヘレネス一のお転婆なんて言われなくちゃならないんだよ。お転婆って、活発すぎる女の子のことを言う言葉でしょ!」
『女の子』と言われても誰も疑わない花のような面差しの細い眉を吊り上げて、今日もシュンは一国の王子であるヒョウガを怒鳴りつけていた。
親も故国もない孤児の甲走かんばしった声を、一国の王子は、躾のなっていない子猫のきかん気ぶりを見詰める飼い主のような目をして、黙って聞いている。
シュンは、幼馴染みでもある彼の、その手応えのなさが腹立たしくてならなかった。

ヒョウガは本来、物静かでもなければ控えめでもない人間のはずだった。
子供の頃には、シュンより短気で我儘で気分屋で、かなりの癇癪持ちですらあったのだ。
二人がまだ幼い子供で、この王宮の庭を共に小犬のように駆け回っていた頃のヒョウガは、『物腰穏やか』どころか、下町のガキ大将でもここまで粗暴ではないだろうと思えるほどの悪ガキ振りを呈していた。
厩舎に花火を投げ入れて、数十頭の軍馬を暴走させ、そのうちの一頭に顔を蹴られて、失明を危ぶまれるほどの怪我をしたこともある。
王国の一粒種、どんな我儘も許される立場にあったヒョウガは、それこそ毎日 したい放題の悪戯を重ねていたのだ。

幼い子供の1歳の差は大きい。
そんな乱暴な王子の遊び相手として この城に引き取られたシュンは、一つ年上のガキ大将についていくのに毎日必死だった。
「どうしてヒョウガはそんなに乱暴なの」
とシュンが尋ねると、ヒョウガは、
「母上が、子供は元気な方がいいって言ってた」
と、真顔で答えてくる。

病弱でほとんどの時間を床に伏せっている母に 己れの武勇伝を語るために、真剣に悪戯を重ねているヒョウガを、両親のないシュンは どうしても嫌ってしまうことができなかった。
その母君も、ヒョウガが7歳の時に亡くなった。
ヒョウガの悲嘆は尋常のものではなく、これで彼も少しは大人しくなるかと周囲の者たちが考えたのも束の間、彼は今度は天国にいる母を安心させるためという理由を作って、従前以上の乱暴に取り組み始めた。
そのこじつけとしか思えない言い訳が全くの嘘だとはシュンは思わなかったが、要するに、ヒョウガの身についた悪戯癖は、母の死という出来事に直面しても今更改められなかった――というのが実際のところだったろう。






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