シュンはそこに、ヒョウガの優しい青い瞳があるものと、思うともなく思っていた。 しかし、シュンが目を開けた時、そこにあったものは、彼が見慣れた優しく穏やかなヒョウガの眼差しではなく――それは、シュンが初めて見るものだった。 何かに挑むように険しく、まるでこの世界のありとあらゆることに苛立っているような青灰色の瞳。 「あ……?」 それもヒョウガの瞳の持つ色の一つなのだと気付いた途端、シュンは急に怖気づいてしまったのである。 シュンは、それがどんなものなのか知らなかった。 『殺される』ということがどんなことなのかも知らずに、漠然と死を怖れていた幼い日同様、シュンは『犯される』ということがどんなことなのかも、よく知らなかった。 ただ、それはヒョウガのすることなのだから ひどいことのはずはないし、彼は彼の無力で不運な幼馴染みを優しく抱きしめてくれるのだろうと、シュンは勝手に思い込んでいた。 だが、それは実は、そんな優しいばかりの行為ではないのかもしれない。 少なくともそれは、ヒョウガの瞳の色を氷の色に変えてしまうようなことなのだ。 シュンは、ヒョウガの瞳に射すくめられる思いで、小さく首を横に振った。 「ヒョウガ、だめ。やめよう。やっぱりそんなことしちゃいけな……」 「今更遅い」 シュンの言うことなら、これまでいつも否も応もなく是も非もなく聞き入れてくれていたヒョウガが、今日に限っては従順の美徳を示してくれない。 彼は、有無を言わさず、そして再び、シュンの身体を抱きしめた。 力の加減をわざと忘れているように強く、シュンの頬を自分の胸に押しつける。 「ヒョウガ、やめて」 「シュンっ」 ヒョウガの胸を押しやろうとしたシュンの手が、ヒョウガの怒声に遮られる。 シュンはびくりと身体を震わせた。 ヒョウガはもう、いつもの明るい空の色の瞳に戻ることはできないらしい。 シュンを見おろす彼の瞳は、先程と変わらず青灰色で険しいままだった。 「俺はおまえを愛している。おまえのために、ずっと我慢してきた」 「ヒョウガ……」 「わかっているだろうが、おまえは俺のものだ」 反駁を許さない強い口調に、シュンは泣きたくなってしまったのである。 『殺される』かもしれないことを怖れて泣くことしかできなかった、あの幼い春の日のように。 「で……でも、ヒョウガ。僕は……ヒョウガがヒョウガじゃないみたいで恐い……よ。僕のヒョウガはいつも――」 「おまえのために本性を隠してきたと言ったろう。だが、これも おまえのヒョウガだ」 「ヒョウガ……でも……」 だから受け入れろと、ヒョウガは言うのだろうか。 これでは、王子様のすることだから仕方がないと、ヒョウガの悪戯に付き合わされていた子供の頃と何ひとつ変わらない。 確かにヒョウガは、この10年間、本当は何も変わっていない彼の本性を周到に隠し通してきたものらしかった。 そして、あの頃も――乱暴なガキ大将だった頃も――ヒョウガは本当は優しい子供だったのだろう。 怯え萎縮しているシュンを見兼ねたのか、彼は短く吐息してから、あの時と同じように、シュンの髪に手を伸ばしてきた。 「代わりに、俺もおまえだけのものになるから」 「ヒョウガ……が、僕だけの?」 「そうだ」 怯えた目をしたシュンにヒョウガが頷き、もう一度その誓いを口にする。 「俺は、おまえだけのものだ」 シュンが強張らせていた身体から力を抜くと、ヒョウガは、これ以上寸時も無駄な問答に時間を割くつもりはないと言わんばかりの性急さで、シュンの身体を抱き上げた。 |