「その……名前を言うのもはばかられるほど姑息な神が、わざと、力を持った闘士ではなく、特別な力や技を持たない人間を使って、この襲撃を企てたらしいのよ。人間である聖闘士を傷付けるには、同じ人間を傷付けさせることが有効だと、卑劣なことを考えて。彼等は、その姑息な神に、アテナは人間に仇為す邪神だと吹き込まれていたらしいわ」 あの男――兄――は、一命は取りとめたということだった。 アテナの命を狙った敵は、アテナによって呼ばれた救急車で病院に運ばれていった。 前代未聞の不祥事に――敵にとっての不祥事ではあるが――アテナの聖闘士たちは、正直呆れかえっていたのである。 そして、この襲撃の裏にあった さもしい敵の意図を沙織から聞かされたアテナの聖闘士たちは、あの敵たちを操っていた者に対して、非常に不愉快な感情を抱いた。 「痛いところを突いてくるわね。敵が圧倒的な力をもって人類に帰順を求めてくるのなら、こちらは我が身を守るためにも必死に迎え撃つことができるけど、敵の力が微弱すぎる時には、私たちはどうしたって弱い者いじめをしている気分になって、自分に卑怯を感じざるを得ないし、自分の方が加害者であるような錯覚を覚える。その隙を突こうとしたものらしいわ」 人を傷付ければ傷付くようにできているのである、人間の心は。 敵が傲慢や邪悪や、あるいは圧倒的な力を備えていることで、人を傷付けたというアテナの聖闘士たちの悔悟は、多少なりとも薄らぐ。 しかし、自分の傷付けた“敵”が、謙虚とは言わないまでも驕りたかぶっておらず、彼等なりの正義を抱き、その上 非力だった時、その敵を倒した者は、敵を倒す行為のどこに正当性を見い出せばいいのだろう。 瞬は、自らの行為のどこにも“正義”を認めることができなかった。 「瞬。彼は無事だったのだし……。こんなことで傷付いていてはいけない――なんて無理なことは言わないけど、敵の罠には はまらないで。彼等の狙いは、あなた方の心に罪悪感と迷いを植えつけることなのよ」 心配顔をした沙織に、瞬は無理に微笑を返そうとしたのだが、それは、沙織の目にも瞬の仲間たちの目にも ほとんど泣き顔にしか見えなかった。 |