瞬には死ぬことは許されていなかった。
それはもしかしたら幸福なことなのかもしれない――と思う。
この世から『瞬』という人間が消えてしまったら、その事実を嘆き悲しむ人たちの顔がすぐに思い浮かぶということは、この上なく恵まれたことなのだろう――と。

だが、そうなった時おそらく誰よりもその死を悲しむことになるのだろうと思っていた人の、思いがけなく厳しい態度に、瞬は困惑していた。
瞬は、彼に慰めてもらえるものと――氷河は、敵を傷付け打ちひしがれている恋人に、『おまえは悪くない。あれは仕方のないことだったんだ』と言ってくれるに違いないと――思い込んでいたのだ。
それが、まるで傷付いた仲間を突き放すような この冷酷。
彼はなぜ、打ちひしがれている仲間に そんなことを言ってしまえるのかと、瞬は疑った。
そして――思い出した。

氷河は、多くの敵と共に、彼の師を殺し、兄弟弟子を殺した聖闘士だった。
彼の母も、彼を救うために死んでいった。
氷河は、勝つこと、生き延びることで、誰よりも傷付いてきた人間なのだ。
誰よりも、その弱さと強さに苦しんでいる聖闘士。
他者の弱さに苦しめられ、自分の弱さに苦しんでいる人間。
氷河はおそらく、瞬に強くなれと告げながら、弱くもなれず強くもなれない自分自身を責めているのだと、瞬は思った。
他者の命を奪う力を持たない弱者でいられたなら どれほどよかったかと、氷河こそが誰よりも強く望んでいる――。

「ご……ごめんなさい」
その氷河が、瞬に強くなれと言うのは、他の誰でもない瞬のため――それは、彼が瞬に傷付いてほしくないと願っているからこその厳しい言葉なのだ。
「氷河、ごめんなさい。傷付いてるのは僕だけじゃないよね。ごめんなさい、氷河、泣かないで」
氷河は決して泣いてなどいなかったのだが、瞬には彼の涙が見えていた。
氷河が、その唇を噛みしめる。

「……時間があったなら、俺は決して誰も殺さなかった。必ず、俺の命を失うことになっても、彼等を説得した――」
氷河が傷付いていないはずがない。
彼が後悔していないはずがないのだ。
氷河は“人間ではないもの”ではないのだから。
彼は、苦しみ傷付きながら生きていくことしかできない人間なのだから。

「うん……うん、わかってる。僕は、氷河の気持ち わかってるからね」
瞬は、氷河を抱きしめずにはいられなかった。
そして、この傷付いた仲間を救い支えていけるようになるためにも、自分は強くなるしかないのだと思った。
聖闘士としてではなく人間として、強い心を養うしかない。
人は強くなることしかできないのだ――。






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