「ごめんね、僕、自分が傷付いたことしか見えていなかった……。ほんとにごめんなさい」
氷河を抱きしめているつもりでいた瞬は、いつのまにか氷河に抱きしめられていた。
これまで、こんなふうに互いに抱きしめ合い 互いに抱きしめられ合いながら、いくつもの闘いで傷付いた心と魂を癒してきた。
これからも、アテナの聖闘士たちの闘いがなくなる日まで――つまりは永遠に――自分たちはこうして生きていくしかないのだと思うと、瞬は気が遠くなるような気がした。
それはひどく幸福で、ひどく つらい未来でもある。

「おまえが謝ることはない。おまえはいつも俺を――」
言いかけた言葉を途中で途切らせて、氷河はふいに妙なことを瞬に尋ねてきた。
「初めて俺を受け入れた時、おまえは相当 勇気が要っただろう?」
「え?」
「俺に好きだと言われた時、おまえはびっくりしていた。俺に抱きしめられた時も、初めてキスされた時も、おまえは、そうすることにどんな意味があるのか わかっていないような顔をしていた。俺が『おまえに性欲も感じている』と言った時も、おまえは驚いた顔をして、それはどういうことなのかと俺に訊き返してきた」

「やだ、急に何 言い出したの」
瞬が頬を朱の色に染めたのは、その時の氷河の答えを思いだしたからだった。
他にいくらでも言いようはあっただろうに、その時氷河は、
『おまえを裸にして、体中を愛撫し、おまえの中に俺の欲望を吐き出したいということだ』
という、実に露骨な答えを返してきたのだ。
彼は、
『これは、性欲というより肉欲なのかもしれない』
とも言った。
瞬は、氷河の言う『肉欲』にどんな意味や意義があるのかと、その時には不思議でならなかったのである。
未知の行為に及ぶことへの不安や恐れとは違う何かが、瞬を躊躇させた。

「おまえがためらったのは、身体に危害を加えられるかもしれないという怖れより、それが倫理や自然に背くことだという認識のせいだったろう。それでも、おまえは俺を受け入れてくれた。俺の我儘を叶えてくれた」
「氷河を好きだったからだよ」
その気持ちが、どういう方向にであれ、人に勇気を与え 人を強くするのだと、瞬は今ではわかっていた。
そんなふうにして、自分たちはこれまで生き続け闘い続けてきたのだ。

『すまない、これは俺の我儘だ。許してくれ』
と苦しみ呻く人のような声でそう告げる氷河に身体を貫かれた時には、息が詰まるような その衝撃と熱に喘ぎながら、瞬は懸命に『謝らないで』という言葉を繰り返していた。
氷河の心身を騒がすものが、それで少しでも和らぐのなら、この交わりには意義も意味もあると思った。

あの時と同じように、氷河が瞬を抱きしめる。
「俺は神なんかいらない。おまえに許してもらえさえすれば、それでいいんだ」
「氷河とこういうことするの、今は僕も大好きなんだから、許すも許さないもないよ」
氷河が言っているのは そういう次元のことだけではないとわかっていたのだが、気付かぬ振りをして、瞬は――瞬もまた、氷河を抱きしめた。
つらいことを一時いっとき忘れるためにではなく、強くなるための力を得るために、今の瞬には氷河との交情が必要なものになっていた。






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