「――どうしたい?」
「え?」
ふいに星矢に声をかけられて、瞬ははっと我にかえった。
瞬の気持ちを気遣って沈黙を守ったまま、星矢と紫龍は随分長いこと、この白い渓谷の底に立ち尽くしてくれていたらしい。
だが、今の瞬は時間を感じる能力さえ失ってしまっていた。

自分が何を訊かれているのかが、わからない。
ぼんやりとしか見極められない仲間の顔を、瞬は、視点が合っているのかどうかが自分でもわからない目で見上げた。
「この氷の中から氷河を出すのは簡単だけど、埋葬するくらいなら、いっそこのままの方がいいかもしれないだろう?」

あやふやな輪郭で描かれている仲間の一人が、瞬に告げた言葉。
瞬には最初、その言葉までが、意味を伴わないぼんやりした音の羅列としか認識できなかったのである。
埋葬――それはどういう意味の言葉だったか。
思考が麻痺してしまっていた瞬は、その言葉の意味をすぐには思い出すことができず――思い出した途端に ぞっとした。
「な……なに言ってるのっ! 氷河が死ぬはずないじゃない。氷河は、異次元からも冥界からだって、平気で生きて戻ってきたんだよ! その氷河が、こんな……こんな普通のただの崖……氷河には何でもない、ただの崖――」

そんなものが、氷河の命を奪えるはずがないではないか。
『俺は、おまえのためにしか死なない』
氷河はいつもそう言っていたのだ。
『そんなの寝覚めが悪いから、僕のために生きててよ』
瞬が眉根を寄せ、本気で嫌がると、
『もちろん、その方がいい』
と、彼は笑い、彼の命の目的であるものを抱きしめてくれた。
その氷河が、こんなことで、こんな場所で、たった一人で死んでしまうはずがないのだ。

「そうだな。そうだよな……」
それ・・はありえることなのだ』と、今の瞬を説得して何になるだろう。
仲間の死を信じることができないのは、星矢も同じだったのだ。
「しばらく、このままにしておこう」
そんな星矢に視線を投げた紫龍が、その視線をゆっくりと瞬の上に戻し、横たわる氷河の傍らに力なく座り込んでいる不幸な仲間に低く告げる。
「瞬、俺と星矢は、一度アンバルチクの町に戻って、沙織さんに報告してくる。夜になる前に戻ってくるから、それまで氷河の側にいてやれ」

「で……でも、寒くないか? こんなとこでじっとしてたら、凍えるだろ。氷河はどこにもいかないんだから――」
それが、二人を二人きりにしてやろうという紫龍の思い遣りだということはわかっていたのだが、星矢は彼の提案に異議を唱えた。
死んでしまった者を一人にすることより、生きている者を一人にすることの方が危険だと、彼は思ったのである。

「アンドロメダ島は、夜には夏でも氷点下になるところだったよ」
「……」
瞬は、氷河の側を離れるつもりはないらしい。
紫龍に促されて、星矢は、まだ生きている仲間に心を残しながらも、彼に背を向けて駆け出した。






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