シュンを犯すことは罪だったはずなのに――あるいは、罪だからこそ――その交合がヒョウガの身体にもたらした歓喜は尋常のものではなかった。 そして、“清らかな”シュンが味わった歓喜の大きさは、それ以上のものだったのかもしれない。 終わらせては始める行為をヒョウガが幾度も繰り返したせいもあって、シュンは、持てる体力をすべて使い果たしてしまったようにぐったりと、細い四肢を寝台の上に投げ出している。 シュンの頬に涙のあとがあることに気付いて、ヒョウガは、今更ながらに 心から後悔するには、シュンとの交合は、あまりに快すぎたのである。 「僕は……少しも自分が汚れた気がしません」 やっと口をきけるようになったらしいシュンが、少しかすれた声で、呟くように言う。 「逆に、神様に近付いているような気がした」 瞼を開けたシュンの瞳にも後悔の様はなく、確かに少し疲れの色は見えたが、それは以前より生き生きと輝いているように見えた。 「何も考えられなくなって、意識が真っ白になって、神様のいる天の国に向かって昇っているような気持ちになって、なのに、僕の身体は確かに寝台に押しつけられていて、そしてヒョウガが僕の中にいるの……」 “初めて”がこれでは、シュンが、性的な恍惚状態を 神に近付く感覚と混同しても、仕方がないだろう――と、ヒョウガは思った。 ある意味 罰当たりなことを、シュンは至極真面目な顔をして、不思議そうに語る。 ともかくシュンは『痛い』だけでは終わらなかったのだ。 安堵したヒョウガは、シュンの言を にべもなく否定する気にはなれなかった。 「それはまあ……だが、そんなことを言うのは神への不敬になりかねないから、もっと簡単に、『気持ちよかった』と言えばいい」 「気持ちよかった?」 シュンがまた、不思議そうな顔をして首をかしげる。 それから シュンは ほのかに微笑して、ヒョウガに教えられた言葉を復唱してみせた。 「うん。とても気持ちよかった」 あまりに素直に、しかも嬉しそうに言われてしまい、ヒョウガは少々困惑してしまったのである。 なにしろ、『とても気持ちよかった』のはヒョウガの方だったのだ。 あれだけ すべてをさらけ出した相手に、僅かにためらう様子を見せてから、シュンがヒョウガの方におずおずと指を伸ばしてくる。 拒まれないと確信できたのか、シュンはその両腕をヒョウガの腕に絡めてきた。 ヒョウガは、できるなら、このまま二人で、新しい一日の最初の陽光を確かめたかったのだが、彼等の生きている“世界”が、二人にそんなふうな幸福の時間を許してはくれなかった。 二人の間にあったことが余人に知られる前に、二人はこの牢獄から姿を消していなければならなかったのだ。 朝になる前に、この塔を出なければならない。 ヒョウガがシュンにそう告げると、シュンは臆した様子もなく頷いた。 そうして、シュンは、ヒョウガより先に寝台をおりて身仕舞いを整えようとし――そうすることができなかった。 「あ……っ」 上半身は何とか動かせるのだが、腰から下に力が入らない。 要するに、シュンは、立って歩くことのできない状態になってしまっていた。 「俺は馬鹿か……!」 これから命賭けの逃避行をしようとしている時に、加減を忘れて だが、ヒョウガは自分をとめることができなかったのだ。 まさか“清らかな”天使の身体が、あんなにも生めかしく心地良いものだとは、ヒョウガは思ってもいなかった。 この罪のためなら、楽園を追放になることくらい大した代償ではないと、ヒョウガは心から思った。 改めてその様子を見ると、シュンはたった一晩で全身に艶を帯びてしまっていた。 清らかな印象は変わらないのだが、その表情、眼差し、頬の上気に羞恥の様が見え隠れし、少なくとも彼が熱烈な恋をしていることは、どんな子供にでも簡単に見透かされてしまいそうだった。 シュンの身の上に起きたことが ばれないはずはない。 枢機卿や教皇庁は、シュンが汚れたことを知れば、その処刑を急ぐだろう。 ぐずぐずしてはいられなかった。 「どうしても手放せないものがあるか。それだけを持って、すぐにここを出る」 その身体を掛け布で覆いながら尋ねたヒョウガに、シュンが短く答える。 「ヒョウガ」 「なんだ」 名を呼ばれたものと思って顔をあげたヒョウガの目の前には、微かに拗ねたようなシュンの瞳があった。 それがシュンの手放せない荷物の名称にすぎないことを知って、ヒョウガは自分の不粋に少しばかり気まずい思いをすることになったのである。 が、シュンには これだけの余裕があってくれる方が、ヒョウガとしてもありがたい。 彼にとっても手放すことのできない持ち物であるシュンの身体を白い布に包むと、ヒョウガはそれを抱きあげ、シュンが2年の時を過ごした牢獄の扉を開けた。 |