その人が、夜毎僕の部屋に現われるようになったのは、もう2ヶ月も前のことです。 2ヶ月前の深夜――午前1時をまわっていました――僕は、僕の名を呼ぶ彼の声で眠りを中断させられました。 僕はいつもベッドの枕許に小さな灯りをつけておくんですが、部屋の中は足許を見失わないくらいには明るかったと思います。 昼間の太陽に比べれば頼りない人工の灯りのもとでも、彼がとても綺麗な人だということはわかりました。 髪は、それ自体が光を持って輝いているような金色で、瞳は、初夏の晴れた日の空のような明るい青色で、彼の外見には、人に嫌悪感を起こさせるような要素が全くありませんでした。 僕より少し年上で、背が高く、身体は均整がとれていました。 最初、彼は、ひどく思い詰めた表情を浮かべて、僕をずっと好きだったのだと言いました。 僕はもちろん、とても驚きました。 僕は、非常に不本意ながら、人に女の子と見間違われることが多いのですが、歴とした男子ですし、なにしろ、その告白は突然のことでしたから。 でも、僕は、それがおかしいことだとか、突然すぎるとか、そういうことを彼に告げて、彼の気持ちを否定するようなことはできなかったんです。 だって、彼の目は魔力でも秘めているように強い力を持っていて、その目がじっと僕を見詰めていて――ですから、僕はどうしても彼の意に逆らうようなことができなかったんです。 彼は、ずっと以前から僕だけを見詰めていたのだと言いました。 僕がほんの小さな子供だった頃からずっと、僕を自分のものにしたいと思っていた――と、そう言ったんです。 僕が大人になるのを待ちながら何年も見守っていたと。 そういうことを言われた人間がどんな気持ちになるものか、あなたはご存じでしょうか。 特に、僕のように、自分に自信が持てず、自分は非力で無力で、自分の夢さえ自分ひとりの力では叶えることができないと思っている人間、自分が生きて存在する意味さえ はっきりとはわかっていないような卑小な人間が。 誰かが僕をいつも見詰めていてくれて、僕を必要としてくれていた――。 そう思っただけで、僕は彼の言葉のとりこになり、彼に好意を抱いてしまったんです。 彼は僕に、僕が生きて存在している意味を教えてくれるかもしれない。 彼は僕に、僕が生きて存在している意味を与えてくれる人なのかもしれない。 人間はいつも そんな人を得たいと望んでいて、そして、もしそんな人を得られたら決して失いたくないと思うものです。 少なくとも、僕はそう思いました。 そして、彼が僕をこれからもずっと好きでいてくれたらいい、僕をずっと必要としていてくれたらいい――と、心から願いました。 昼間の明るい陽光の中でだったなら、もしかしたら僕はそんなふうには考えなかったかもしれません。 明るい光の中では、自分に自信を持てずにいる人間でも、友人たちや世界自体の持つ明るさや力に影響されて、もう少し気を強く持っていられるものでしょう。 でも、夜という環境は、人の気持ちを穏やかに静かに沈ませて、どちらかといえば、人を心弱くしてしまうものです。 夜という時間のせいばかりとは言いませんが、僕は彼の言葉を嬉しいと思いました。 でも、僕は臆病で小心なので――『嬉しい』とか『僕も同じ気持ちです』とか、そんな言葉を口にすることができなかった。 でも、表情に、僕が彼の言葉を不愉快に思っている様子は出さなかったと思います――出せなかったと思います。 僕は、自分の小心が恥ずかしくて、目を伏せただけでした。 |