「彼は、おまえたち二人との面会を希望している」
客人の前に姿を見せることを恐れ、客間のドアの陰から中の様子を窺っていた瞬に、紫龍は四万十川氏の要望を伝えた。
瞬が困惑したように眉根を寄せる。

「どーすんだよ、あのおっさん、かなり本気だぞ」
「なぜ、まず、俺たちに相談しなかったんだ。そうすれば、こんな面倒なことにはならなかったはずなのに」
「だって……」
仲間たちの難詰を受けた瞬が、身の置きどころをなくしたように切なげに身悶える。
その横では、瞬を襲った金髪の吸血鬼が、四万十川教授に当てて瞬が出したメールを、薄笑いを浮かべながら熱心に読みふけっていた。

「その……身内だから恥ずかしくて言えないことってあるでしょう。ネットなら、相談相手は僕の顔もほんとの名前も知らなくて、気が楽で、だから――」
「あんなプライベートなことを微に入り細に入り細に入り、見も知らぬ他人に知らせて、もし相手が、もっと常識を備えた利口な悪党だったらどうするつもりだったんだ! たまたま今回は、傍迷惑なくらい“良心的な”医者が相手だったからよかったものの――」

実のところ紫龍は、現在の事態が、無防備に開示したプライバシーをネタにゆすられる事態よりマシだとは、毫ほどにも思っていなかったのだが、とりあえず今後のために彼は瞬を叱責した。
個人情報保護が声高に叫ばれているこの時代に、面識のない人間に自ら率先してプライバシーをさらけだす危機感のない人間は、今後またどんなトラブルを背負い込んで周囲に迷惑をかけることになるか、わかったものではないのだ。

「言えねー。瞬の病気が、ただのやりすぎと欲求不満のせいだったなんて、そんなこと、俺には言えねーぞ!」
星矢が、万策尽きた情けない顔をして、大きく首を横に振る。
紫龍は、そんな仲間に軽く頷き返した。
「瞬もまた、なんで、こんなドラマチックなストーリーを捏造したんだ」
氷河が手にしているメールにちらりと視線を投げた紫龍は、すぐに心から嫌そうにその視線を あらぬ方向に泳がせた。

「ぼ……僕、捏造なんかしてないよ! 僕は、本当に自分がおかしいんじゃないかって心配だったんだ。だから、できるだけ詳細に状況を報告した方が、お医者様に正しい診断をしてもらえるに違いないって思って……。でも、はっきり書けないことってあるでしょう。そこのところはちょっとだけぼかしたけど、でも、9割方はほんとのことだもの!」
「その残りの1割が問題だったわけだ」
「氷河にナニを突っ込まれたところをぼかしたせいで、利根川大学ゴシックホラー研究会名誉会長様は、そこんところを『牙で噛みつかれた』だと思い込んだわけだな、要するに」

あまりに馬鹿げた事態に直面させられた星矢には、もはや婉曲的表現に適した言葉を選ぶ気力も残っていなかった。
当事者のくせに、先程から一言も発言せず、瞬の書いたドラマチック・ストーリーに悦に入っている氷河を、疲れた視線で睨みつける。
「氷河! おまえ、何さっきから一人で にやついてるんだよ! みんな、おまえのせいなんだぞ。わかってんのか!」

星矢に責め立てられても、氷河はこの事態の責任をとるつもりはなく、また、ひとかけらの反省もしていないようだった。――利根川大学生理学部教授に対しては。
噛み殺しきれない笑みを口許に浮かべ、彼は瞬に向かって、彼の反省の弁を伝えた。
「おまえが こんなふうに苦しい思いをしているのだったら、もっと早くに、昼間 おまえに噛みついてやるんだった」
「氷河……」

氷河の反省の弁を聞いた瞬が、ぽっと頬を赤らめる。
実は、瞬の“昼が長くて苦しい病気”は、瞬が四万十川氏にあのメールを送った翌日の真昼間、氷河に押し倒されることで、あっという間に全快してしまっていたのである。
それ・・は夜に限らず、昼でも朝でもできる行為なのだとわかった途端に、瞬の不安は嘘のように消えてしまったのだった。
欲しいと言えば、いつでもそれが与えられることを知った瞬は、もちろん氷河にそれをねだった。特に、昼の間に多くねだった。
ねだるたび必ず欲しいものを与えられているうちに瞬の体調は順調に回復、今ではそれは以前よりずっと良好な状態になってしまっていたのである。






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