(あれ……?) 最初、星矢は、自分が場を外していた間に瞬がラウンジを出ていってしまったのかと思った。 ドアの隙間から一瞥した限りでは、10分前まで瞬がいた場所から その姿が消えてしまっていたのだ。 瞬がまだその場にいることを星矢に知らせてくれたのは、瞬の姿ではなく彼の声だった。 自分の置かれている状況が信じられず、困惑しているような小さな悲鳴――。 「いやだ……やめて、氷河っ」 瞬の姿は、長椅子の背もたれと、他でもない氷河の身体の陰に隠れて、ドアの隙間からは見えないようになっていただけだった。 つまり、氷河が瞬を長椅子に押し倒し、その上に馬乗りになっていたせいで、星矢の視界からは瞬が消えてしまっていたのである。 氷河が瞬に何をしているのか――は、星矢にもすぐにわかった。 氷河の腕を瞬の指が掴み、必死に彼を押しのけようとしている。 だが、瞬の意に沿うつもりは、氷河には全くないようだった。 「俺の望みは何でも叶えると言ったろう。欲しいものは何でもくれると」 「氷河……っ!」 「大人しくしろ。静かにしていた方が身のためだ。人が来ても、俺はやめないぞ」 「あ……」 氷河は決して声を荒げてはいないのだが――むしろ、その声は潜めるように低く抑揚のないものだったのだが――瞬は、その声と、おそらくは声同様に威圧的な彼の眼差しに射すくめられてしまっているらしい。 「何でもするんだろう? 俺を好きになること以外なら……!」 冷たく揶揄するように響く氷河の声と言葉に出合い、屈し、そうして瞬は、結局氷河への抵抗を諦めてしまったようだった。 瞬が息を飲む音が、聞こえるはずはないのに、星矢の耳には確かに聞こえたのである。 瞬の無音の声は かすれた悲鳴に変わり、その直後に始まった氷河の律動に従って、それは更に 細い糸を引くようなすすり泣きへと変化していった。 瞬の身に何が起こったのかを星矢が理解した時には既に、その場は余人が今更止めに入っても無意味な状況になってしまっていた。 こういう時、氷河と瞬の仲間はどう動けばいいのか――。 星矢にはわからなかったのである。 どう考えても、瞬は氷河にレイプされていた。 人が来てもやめる気はない――というのは、氷河の本心のようだった。 氷河は、何をはばかる様子も見せず大胆に――もしかしたら、瞬を苦しめるために わざと大きく――身体を動かし、ソファをきしませている。 「あ……あっ……ああ……っ!」 途切れ、かすれ、時に悲鳴の混じる瞬の泣き声のせいで、知りたくもない二人の交接の状態が、星矢には嫌になるほどはっきりと伝わってきた。 瞬が泣いているというのに、氷河の声や所作には、同情した様子も気遣いの色もない。 「そんなに痛いのか? 泣くほどのことじゃないだろう。これまでの闘いで、おもえはもっと痛い目に合ってきた」 痛みの種類が違うことに思い至っていないわけでもあるまいに――瞬が痛みを感じているのは肉体ではなく心だということに気付いていないわけでもないだろうに――氷河の口調はどこまでも冷淡で、それが氷河の声であり氷河の言葉だということが、星矢にはどうしても信じられなかったのである。 「こんなことは、好き合っていなくてもできることだ。おまえは大人しく、言われた通りに脚を開いてそうやって泣いていればいい。俺は俺のしたいことをする」 「ああ……っ!」 氷河が、瞬の身体を抱き起こす。 のけぞり喘ぐ瞬の白い喉が、星矢の視界に飛び込んできた。 瞬の指は、今にも振りほどかれそうになりながら、氷河の背にしがみついている。 そんなものは見たくないと思うのだが、視線を他に移すと、氷河の身体によって割られている瞬の太腿や揺れる足首を見る羽目になってしまうのだ。 そして、星矢はどうしても絡み合う二人から目を逸らすことができなかった。 瞬は、泣き、喘いでいる。 決して氷河の暴力を喜んでいるはずはないのに、その手は懸命に氷河のシャツの背を握りしめている。 この地上がアテナに敵対する神の手に落ちたとしても ここまで混乱することはあるまいと思えるほどに、星矢は混乱していた。 これは、ありえないことなのである。 瞬に頭のあがらない氷河。 より愛され求められているがゆえに、氷河に対して常に優位に立っていた瞬。 星矢の知っている氷河は、瞬にこんなことのできる男ではなかった。 星矢の知る氷河という男は、瞬にこんな絶望的な悲鳴をあげさせることのできる男ではなかったのだ。 間歇的な瞬の喘ぎが 長く響く悲鳴に変わるたび、氷河が瞬の中で達していることが、星矢にはわかった。 悲しげに泣きながら、それを受けとめる瞬の声には艶が混じっている。 星矢にはもう、何がどうなっているのかわからなかった。 氷河と瞬は憎み合っているのか愛し合っているのか、瞬は氷河の乱暴を悲しんでいるのか喜んでいるのか、そんな根本的なことすらも、星矢にはわからなかったのである。 |