「好きだった。俺にとって瞬は特別な存在だった。瞬がいれば、俺は、死んでしまった者たちが残していった胸の空虚をすべてを埋めても余りあるものを得ることができて、幸せになれるんだと思っていた。俺が幸せになることで、瞬もまた幸せになってくれると、俺たちはそういうものたちなのだと信じていた」 「なら――」 ならば、その気持ちを瞬に告げるだけで事は済む。 瞬は人の好意を――まして、生死を懸けた闘いを共に闘ってきた仲間の好意を――むげにできる人間ではない。 ――と、星矢は至極単純に考えた。 が、世の中というものは、星矢が認識しているように単純にできているものではないらしかった。 「だから、瞬に言ったんだ。俺はおまえが好きだと。俺を好きになってほしい、愛して欲しいと、それこそ ひざまずかんばかりにして、瞬にすがった……」 氷河は、自分のすべきことをしっかりと実行したものらしい。 その上で この荒れようなら、彼はおそらく瞬から色よい返事をもらうことができなかったということになる。 「瞬がもし、おまえの期待通りの答えをくれなかったとしても、それは、あんまり突然で驚いただけだろ」 突然 同性の仲間に告白されて驚いた瞬は、察するに、そういう場面で決して言ってはならない言葉――たとえば、「僕たち、お友だちでいましょう」とか、そんなふうな――馬鹿な答えを氷河に返してしまったに違いない。 そう、星矢は推察した。 しかし、やはり世の中は、星矢の思うようには単純ではない。 「瞬は、俺のためになら命も投げ出せると言った。俺の望むことは、何を犠牲にしてでも叶えてやるとも言った」 「へ? それって――」 瞬の答えが “受け入れられた”どころか、それは より積極的な好意を約束する言葉である。 瞬にそういう返事をもらって氷河はいったい何が不足なのかと、星矢は首をかしげることになった。 短い間を置いてから、氷河が、彼が打ちのめされることになった瞬の真の“答え”をつらそうに告げる。 「ただ、俺を愛することだけはできないと言った」 「……」 それが瞬の答え――だったのだ。 瞬に対する氷河の態度を豹変させた、瞬の答え――。 「俺は……俺こそが、瞬のためになら命など惜しくないと思っていた。瞬に笑っていてもらうためになら、どんなことでもする。人に優しくしろと瞬が言うのなら そうするし、瞬が平和を欲しいと言うのなら、そのために闘いもする」 実際そうしてきた――少なくともそうしようと努力してきた氷河を、星矢も知っていた。 自分から働きかけることをしなくても人に愛されることに慣れていた氷河が、瞬の好意を得ようとして懸命に努めている場面を、星矢はこれまで嫌になるほど繰り返し見せられ続けてきたのだ。 「俺は、瞬のためになら、情けないほど甘い男にもなれると思っていた。いつも瞬を喜ばせることだけを考え、瞬のどんな我儘もきいてやるような軟弱な男にだって、喜んでなるつもりだった。そうなりたかった。だが、瞬は――俺にだけは愛されたくないと、そう言ったんだ……」 「瞬が……」 そんなことを、瞬が言うだろうか。 あの瞬が、その相手が誰であれ、人に愛されたくないなどということを? もし瞬が氷河を『特別』と感じていなかったとしても、瞬が実は氷河を好ましく思っていなかったのだとしても、あの瞬がそんなことを言うとは思えない。 それが、星矢と紫龍の正直な意見だった。 もし本当に瞬がそんなことを言ったのだとしたら、それは、それこそ氷河が瞬にとって特別な存在であるからに違いない――というのが、この恋の部外者たちの一致した見解だったのである。 生気を失い、項垂れている氷河への同情からではなく――もちろん、大いに同情もしてはいたが――星矢と紫龍はそう思った。 |