氷河を責めても、慰め励ましても、問題は解決しない。
氷河が瞬に為したことは十分に非道なことだが、瞬の言葉に傷付き苦しんでいるのは、むしろ氷河の方だった。
氷河の好意を受け入れることができないのであれば、それこそ「僕たち、お友だちでいましょう」と言うだけで事足りるというのに、なぜ瞬は――あの瞬が――「愛することだけはできない」などという致命的な言葉を氷河に告げたのか。

打ちひしがれ、その場から立ち上がろうともしない氷河をどうすることもできず、星矢と紫龍は彼の部屋をあとにした。
示し合わせたわけではなかったのだが、二人の足は、当然のごとくに、氷河の部屋の隣りにある瞬の部屋に向かったのである。

瞬の真意を確かめなければ事態は解決せず、現状が解決されなければ――このままでは――アテナの聖闘士という絆で結ばれた“仲間”は空中分解してしまう。
彼等は、その最悪の事態を避けるため、瞬の部屋のドアを開けたのだった。


――瞬は着替えを済ませていた。
着衣のままベッドの上に横になって、ぼんやりと入り口に投げられた目は今にも泣き出しそうで、 実際にそれは潤んでいた。
ドアを開けるなり 瞬のそんな目に迎えられてしまった星矢は、心臓を鷲掴みされるような痛みを、その胸に感じることになってしまったのである。
一概に氷河だけを責めることはできないと考えて ここまでやってはきたが、瞬が氷河以上に傷付いていることは紛うことなき事実だと、彼は思った。

こんなに生気のない瞬を見るのは、星矢は初めてだった。
敵を傷付け、そのことで瞬自身も傷付き、戦いを悔やんでいる時にも、瞬は生きていた。
生きて、自分の行為を悔い、苦しんでいた。
だが、今の瞬は、半ば死んでいるも同然に見える。
それはおそらく、自分が氷河に傷付けられたからではなく、自分が彼を傷付けたのだと、瞬が認識しているためである。
瞬は、人を傷付けることでしか自分自身は傷付かない人間だった。

「星矢……紫龍……?」
ノックの音が、瞬の耳には届いていなかったらしい。
二人の仲間を視界に映すと、瞬は見るからにつらそうな様子で、ベッドの上に身体を起こした。
そんな瞬に、紫龍が前置きなしで、彼の用件を告げる。
「俺は、おまえは氷河を特別に好きなのだと思っていた」

紫龍は、氷河と瞬が“くっつく”ことに反対しているのだとばかり思っていた星矢は、彼のその言葉をひどく意外に思った。
さっさとくっついてしまえばいいと思っている星矢の方が、瞬は氷河を好きではいるだろうが、その『好き』が仲間に対して向けられる『好き』以上のものであるかどうかは非常に疑わしい――と思っていたのである。
瞬は総じて誰にでも優しく、仲間内で特に氷河を贔屓しているような態度を見せたことはなかった。
氷河がちょっかいを出すので、氷河の世話をしていることは多かったが、それは、瞬が氷河を特別視しているということではないだろうと、星矢は思っていたのだ。

しかし、紫龍の推察は正鵠を射ていたらしい。
「うん……」
瞬は、紫龍の言葉に、つらそうに、だが逡巡なく頷いた。
「で……でも、だとしても、もう奴には愛想が尽きただろ! 瞬がそうしろって言ってくれたら、俺が氷河をぼこぼこにしてやるぜ!」
星矢がそんなことを言ってしまったのは、氷河に対する瞬の好意が本当に特別なものだったのだとしたら なおさら、氷河の行為は瞬を傷付けるものだったに違いないと思ったからだった。
“特別に”好きな相手に暴力で犯されるなど、あまりにも瞬がかわいそうである。

とはいえ、星矢は、自分が今の氷河に勝てる自信を、全くと言っていいほど持ち合わせていなかったのであるが。
無論、現在の氷河が常の彼より強いとしても、それは彼の自暴自棄が為せるわざでしかないことはわかっている。
星矢はただ、欲していた愛情を得られずにヤケになっている男を叩きのめすという行為に、全力で取り組む自信がないだけだった。
氷河の暴力によって瞬が傷付いたように、氷河もまた瞬の言葉によって傷付いたのだから。

「星矢……」
知られたくなかったことが仲間たちに知れてしまっていることに気付いた瞬が、切なげに眉根を寄せる。
それから、瞬は力なく首を横に振った。
「僕は氷河が大好きなの。そんなことしないで」
「なら、なんで……」

ならば、なぜ瞬は氷河を拒んだのだ。
『愛することだけはできない』などという残酷な言葉で。
星矢は納得がいかなかった。
そんな星矢に、瞬がもう一度小さく首を横に振ってみせる。
「悪いのは僕で、氷河は何も悪いことはしてないんだ」

星矢は、瞬の言うことは支離滅裂だと思わないわけにはいかなかったのである。
力づくで仲間を犯すことが“悪いこと”でなかったら何が悪いことなのかと、星矢は憤ったのだが、彼は自分の怒りを言葉にして瞬に明示することはできなかった。
氷河に犯されていた時、瞬の声に、仕草に、悲痛だけでない何かが混じっていたことは、星矢にも感じ取れていたのだ。
そして、瞬にとっての“悪いこと”は別にあったらしい






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