翌日、俺はシュンを伴って あの場所に向かった。 かつてのハインシュタイン城――地上のハーデス城は、石塊の廃墟と化していた。 2年前、気が狂ったように瞬を捜しまわった時、俺は、崩れ落ちたばかりの城壁・城砦の成れの果てのせいで手足を傷だらけにしたものだが、あの尖った石の塊りも、2年もの間 風雨にさらされていれば丸みを帯びるものらしい。 冥界と地上を繋ぐ城のあった場所は、今は緊張も危険の空気も漂わせることなく、ただ静寂だけをたたえた生気のない場所に成り果てていた。 もちろん、瞬の小宇宙のかけらも感じられない。 その廃墟で、俺は落胆と安堵に包まれていた。 実際にここに来るまで、俺は、あれから2年の時が流れたことを これほど強く実感することになるだろうとは、考えてもいなかったんだ。 そうだ。 あれから2年の時が流れたんだ。 2年前の瞬と同じ姿をしたこの少年が、俺の瞬であるはずがない。 シュンと出会ったホテルから車で1時間、山の中腹に車を置いて、徒歩で更に30分。 こんなところに足を運ぼうとする観光客はいないのだろう。シュンは、この場所に足を踏み入れるのは初めてだと言っていた。 俺の瞬同様、四肢は細いのに体力はあるらしく、途中から道らしい道もないような岩場を登ってきたというのに、彼は息を乱してもいなかった。 2年振りにやってきた不幸な場所で何も見い出せなかった俺は、代わりに この地で見付けた不思議な者に、その不思議の訳を尋ねてみた。 「ご両親が日本にいらしたそうだが、健在なのか」 「はい。いったん帰国したんですけど、また日本に行ってしまいました。今も日本にいるんですよ。京都のお寺に魅せられてしまって、あちらで絵を描いて暮らしています。時折、絵葉書きが届くんですけど、それも自分たちの姿や声より あの町のことを僕に伝えたがっているからみたいなんです」 「そうか……」 彼は瞬じゃない。 瞬の両親など、俺はその姿を想像することもできなかった。 俺は瞬から親の話を聞いたことはなかったし、瞬の場合は、瞬の兄がすべての肉親の代わりを務めているようなものだった。 「では君は一人暮らしなのか。寂しいだろう」 「自分でそうするって決めたことですけど、自分の力だけで生活するのって、結構大変なんです。僕はあのホテルの正式な従業員じゃなくて、用のある時だけ呼ばれて仕事をもらう、いわば臨時雇いですし、自分の食い扶持を稼ぐのに毎日精一杯で、寂しいなんて感じている暇はありません」 「本当に?」 俺が重ねて尋ねると、シュンは僅かに瞼を伏せて、小さな声で呟くように言った。 「それは……ちょっとだけ」 シュンは悪い子ではない――と思う。 無遠慮なわけでも礼儀を知らないわけでもない。 俺が彼に過剰な親しみを求めているのではないことを察すると、態度や言葉使いを俺の態度に応じたものに変えてのけるだけの才も持っていた。 分をわきまえることができ、細やかな気配りもできる子だった。 ただ、俺の瞬ではないだけで。 「歳は」 「18」 「18?」 シュンから返ってきた答えに、俺の心臓は大きく波打った。 それは俺の瞬と同じ歳――俺の瞬が生きていたら なっていた歳と同じだったんだ。 「本当に?」 思わず問い返した俺に、シュンが少し困ったような表情を作る。 シュンは心なしかがっかりしたような口調で、彼の秘密を白状した。 「やっぱり、そうは見えないですか? 本当は16なんです。ホテルの人たちには内緒にしておいてください。働くには、歳がいっていた方が何かと便利なんです」 彼が修正申告した年齢は、俺の瞬が死んだ歳。 俺はシュンの年齢詐称に落胆し、彼が俺の瞬ではないことを再確認させられた。 瞬ではない。 彼は瞬ではないのだ。 俺の態度が堅苦しいので、シュンもそれに応じた態度を示してくれていたが、シュンは本来は陽性で屈託なく、何ごとにも物怖じしない性質の持ち主のようだった。 鷹揚で楽天的で、瞬というより、むしろ星矢に似ていた。 だが、姿は瞬なのである。 俺は、その日以降、ハーデス城の廃墟を訪れることをしなかった。 そこは 風雨にさらされた石の塊りがあるだけの廃墟にすぎない。 俺は、その場所にはもう何の用もなかった。 だが、用が済んだからといって、シュンのいる町を立ち去ることもできない。 俺は、俺の瞬に似た少年と共にいることができるのなら、その場所はどこでもよかったから、翌日以降の俺たちの行き場所は、瞬に決めてもらうことにした。 そうして俺は、ただの観光客を装ってシュンとの外出を重ねた。 とはいえ、俺は、瞬が推薦する景勝地や名産品などには全く興味を示さず、ひたすらシュンを見詰めているばかりだったが。 俺は必死に、シュンの中に俺の瞬に似たところを探していた。 |