滞在の予定は1週間。
その最後の夜だった。
「氷河って、もしかして僕のことが好きなんじゃない?」
シュンが俺にそう尋ねてきたのは。

明日にはこの地を去っていくことになっている人間が、帰国の件に関して何も言わないことが、逆に彼を不安な気持ちにさせたらしい。
俺がそのことについて何も言わずにいたのは、俺自身がこの地を去るべきか否かを決めかねていたからだったのだが。
そんな俺に、シュンは尋ねてきたんだ。
俺自身も知らない、俺の心のありかを。

この1週間、俺はシュンだけを見詰めていた。
シュンがそう考えるのは、彼がうぬぼれが強い人間だからではなく、ごく自然な成り行きだったろう。
シュンにそう問われた時、だが、俺は真っ先に、『俺の瞬は、そんなことを、そんなふうに人に訊いたりする子じゃなかった』と思ってしまったんだ。
なのに、俺は、そんな考えをおくびにも出さず、
「そうなのかもしれない」
と、シュンに答えていた。

シュンが俺の瞬じゃないことはわかっていたのに、俺がそう答えたのは、どうしても確かめたいことがあったから――だった。
瞬とシュンはこれだけ顔が似ている。
シュンは2年前の俺の瞬そのものだった。
声も同じ、一見した体型も、作り出す表情も、人の目に対して提示される部分の何もかもが――つまり、外面的な部分はすべて――俺の瞬と同じだった。

これだけ似ている二人の身体が――衣服に隠されている部分も含めて――同じだったとしても、それは不思議なことではない。
だから、それはいい。
だが、たとえば、抱きしめられた時の癖や苦草、喘ぎ声や歓喜の表情――そんなものはどうだろう?
俺はそれを確かめたかったんだ。
そんなことを確かめて何になるのかは、俺自身にもわからなかったが。

確かめたいことを確かめるために、俺は、何も知らないシュンに誘いをかけた。
「しかし、君は、どれだけ好条件をつけても、誰にも なびかない硬い子だと聞いていた」
「これまではそうだったんだけど……」
「さぞかし、たくさんの男や女たちを袖にしてきたんだろう」
「だって、誰も僕のタイプじゃなかったから」
俺の瞬は そんなことは言わない。
このシュンは、俺の瞬じゃない。

「俺は?」
「氷河は……」
俺は、シュンの返事を待たなかった。
“誰にもなびかない硬い子”が、俺に自分を好きなのかと尋ねてきたのだ。
返事など確かめるまでもない。
俺はシュンを抱きしめて、その唇に口付けた。
シュンは、唇の感触も俺の瞬と同じだった。
抱きしめた時、俺の腕に その身体がすっかり収まるのも――俺の背丈が伸びていたせいで、俺の瞬より小さく感じられたが、シュンと瞬の身体が同じなのであれば こんなふうだろうと思えるように――二人は同じだった。

シュンを寝台に運び、その裸体を見た時、俺は息を飲んだ。
髪に触れればその髪の、肌に触れればその肌の、懐かしい感触に、俺の指や唇が驚愕する。
ほくろ一つない身体、髪の感触、肌の感触、その体温――シュンは、何もかもが俺の瞬と同じだった。
だが――。

「どうしてそんなとこに何度も触るの」
「そ……そういうことするのって、普通のことなの?」
「僕はどうすればいいの? 何かしなくてもいいの? 何かした方がいい?」
“初めて”で戸惑っているにしても、俺が何かするたび いちいち口を挟んでくる様は、俺の瞬とは違いすぎる。
ベッドでの対応で、シュンと瞬が違うことに、俺は幾度目かの――いや、何10回目かの落胆を覚えることになったのだった。

瞬なら、そんなことは言わない。
俺の瞬はセックスの時にこんなに口数が多くはなかった。
何をされても黙って耐え、やがてすべてを受け入れて可愛らしい声で鳴き始めるのが俺の瞬だった。
初めて俺と瞬が身体を交えた時、瞬は――俺の瞬は、朱の色に頬を染め、頬どころか全身を上気させて、ひたすら羞恥に耐えていた。
その反応は俺の瞬とは全く違うのに――。

「ああ……っ!」
シュンは、身体だけは俺の瞬と同じだった。
本当に何も違わなかった。
その内部のやわらかさ、狭さ、清純な外見とは裏腹に貪欲に俺を求め絡み締めつけてくる感触――は俺の瞬そのもの。

シュンの口数の多さは、どうやら彼なりに懸命に気を張っていたせいだったらしい。
俺の愛撫が深く激しくなると、シュンは俺の瞬と同じように喘ぎ声を洩らすだけになった。
俺がシュンの奥に身体を進ませると、シュンは俺の瞬と同じように、そのまなじりに涙を滲ませ始めた。
瞬の中、瞬の喘ぎ、瞬の体温、俺の無体な侵入のせいで生まれる かすれた悲鳴、俺が達したことを感じて洩らされる優しい安堵の息。
瞬ではない瞬は、俺に、俺の瞬と同じ夜を俺に与えてくれた。






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