さて、不和の女神エリスの呪いによって、天馬座の聖闘士である星矢はペガサスに、龍座の聖闘士である紫龍は龍に、白鳥座の聖闘士である氷河は白鳥に、鳳凰座の聖闘士である一輝は不死鳥になったわけなのですが。
「きゃーっっ!」
聖域に、絹を引き裂くような悲鳴を響かせたのは、アンドロメダ座の聖闘士である瞬でした。
瞬は、もともとその姿も声も仕草も女の子のような少年だったので、彼の仲間たちはその悲鳴にはさほど驚きはしませんでした。
が、呪いをかけたられた瞬の姿を見て、彼の仲間たちは半端でなく驚いてしまったのです。

それはそうでしょう。
アンドロメダ座の聖闘士である瞬は、エリスの呪いによって お姫様になってしまっていたのですから。
とはいえ、瞬は、アーサー・ヒルやギュスターブ・ドレが描いたアンドロメダ姫のようにオールヌードにさせられてしまったわけではありません。
人間は、裸になってしまうと、お姫様も奴隷女も同じですからね。
それでは困ります。

瞬は、長方形の布を両肩でとめた古代ギリシャ風のペプロスをその身にまとっていました。
ペプロスというのは、ひらひらで すけすけの薄布で、一枚布でできたスリップもしくはシュミーズのようなもの。
つまり、現代人の感覚では、下着と言ってもいいような衣類です。
髪には、王家の一員のものらしく上品な細工の、あまり大仰ではない銀と真珠のティアラ、腕にはエティオピア王家の紋章が刻まれた細い金の腕輪。
瞬は、見事に古代ギリシャ王家のお姫様に変身してしまっていたのです。

「あ……あ……あ……」
お姫様にさせられてしまった瞬は、言葉にならない声を洩らし、自分の両腕で自分を抱きしめました。
仲間たちの目から、女性の証である胸を隠すために。
そして、瞬はショックのあまり、自分で自分を抱きしめたまま、その場にへたりこんでしまったのです。

瞬の変身にショックを受けたのは、氷河も一輝も星矢も紫龍も同じでした。
「瞬……大丈夫か」
仲間たちの中で、瞬の変身に最も衝撃を受けなかった紫龍が、心配そうにお姫様の顔を覗き込みます。
その紫龍は、体長10メートルはあろうかという龍の姿をしていて、右の手には竜神の持ち物と言われる宝珠を持ち、顎の下には一枚だけ逆さに生えている逆鱗のフル装備。
彼は、絵に描いたように完全無欠な龍に成り果てていました。

「こんな……あんまりだ……。僕もう駄目……死んじゃいたい」
紫龍の姿が、瞬の目には映っていなかったのだとしか思えません。
紫龍や他の仲間たちの姿を確かめることができていたならば、瞬は決してそんなことは言わなかったでしょう。
お姫様にさせられてしまった瞬のショックは大きなものだったでしょうが、少なくとも瞬は人間の姿を保つことができていたのです。
人外のものにさせられてしまった星矢たちの方がよほど「もう駄目」な気分になっていたに違いありませんでした。
とはいえ、自分の見事な変身にショックを受けた瞬の大仰な嘆きようを見せられたせいで、瞬の仲間たちが自分の変身を驚き嘆くことを忘れてしまったのも事実でしたけれどね。

「まあ、そんなに落ち込むなよ。アテナみたいに邪魔になるほど どかーんて胸になったわけじゃないし、可愛いもんじゃん」
背中に白く大きな翼をつけた馬の姿をした星矢が、傷心の瞬に馬面を近付けて慰めます。
「下の方は、まあ、何だ。なくなっても、おまえの場合は大した不自由もないだろうし」
紫龍ももちろん、地に泣き崩れている仲間を励ますべく懸命に努めました。
「不自由も何も、氷河が白鳥なんじゃ、やりたくてもできねーじゃん」
「まったくだ。これではせっかくの女体化の意味がない。ははははは」

星矢と紫龍が冗談を言い合い、その場に笑い声を響かせたのは、瞬を慰めると同時に、人間でないものに変身するという悲劇に見舞われた自らを慰め鼓舞するためでした。
ですが、彼等の脇には、そんな彼等の努力を無にする鳥類が二羽。
星矢と紫龍の決死のジョークがよほど気に入らなかったのか、白鳥の姿をした氷河と不死鳥の姿をした一輝は、ペガサスの姿をした星矢と龍の姿をした紫龍を冷ややかに見詰めるばかり。
もっとも、その二羽の鳥類がいなくても、この場での空笑いは あまりに虚しすぎたかもしれませんが。






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