人間が人間でないものに変身するという現象は、それ自体が稀有なことであり、一種の奇跡でもあります。
そのせいなのか、元アテナの聖闘士たちは彼等の小宇宙を燃やすことができなくなっていました。
つまり、星矢はただのペガサス、紫龍はただの龍、一輝はただの不死鳥、氷河はただの白鳥、瞬はただのお姫様でしかありませんでした。
不和の女神が起こした奇跡によって本来の自分でないものになってしまったアテナの聖闘士たちは、彼等が本来持っていた奇跡を起こす力を失ってしまっていたのです。

「どーすんだよ」
ただのペガサスである星矢が情けない顔をして(馬面です)、ただの龍である紫龍に尋ねます。
「どうする――と言っても……。こうなってしまったからには、この呪いを解くという黄金のリンゴを取りに行くしかないだろう」
ただの龍に成り果てた紫龍は、なかなか前向きでした。
もっとも、前向きでも後ろ向きでも、今の彼等にできることはそれしかなかったでしょうけれどね。

「エリスは、黄金のリンゴは自分の足で取りに行かなきゃならないって言ってたけど、飛んじゃだめなのかよ?」
「この場合は、他人に取ってきてもらうのは無効だということだろう。翼は鳥の足のようなものだし、それは構わないのではないか」
「なら、簡単じゃん。今の俺たちなら、世界の果てだろうがどこだろうが、ひとっ飛びだ」

ペカサスはその翼で天に昇り星座にもなったほどの飛行能力を持ち、龍は竜巻となって天空に昇り自在に飛翔すると言われる伝説の獣。
不死鳥の飛行可能距離の記録や伝説はありませんが、霊鳥でもある不死鳥が常の鳥より飛行能力が劣るとは考えにくいですし、白鳥は、普通の白鳥でも毎年 数千キロに及ぶ長い距離を往復してのける たくましい渡り鳥。
まして、白鳥座の白鳥は、己れの欲望を満たすためなら どんな障害をも粉砕してのける、あの大神ゼウスの化身なのです。
世界の果てにあるというヘスペリデスの園までの旅など、彼等には座興レベルの試練だったことでしょう。
その事実に気付かずに彼等にこの呪いをかけたのであれば、エリスは相当間抜けな女神と言うほかありません。

しかし、ここに問題がひとつ。
とても重大な問題がひとつあったのです。
「お姫様が飛べない」
「へ……?」
紫龍の指摘を受けた星矢が、どこぞの間抜けな女神よりも間の抜けた声を響かせます。
紫龍が指摘したことは、実に致命的な事実でした。
ただのお姫様である瞬は、呪いを解く黄金のリンゴのある場所にひと飛びで到達することはできず、それゆえ星矢の安易かつ楽観的な展望は実現不可能なことだったのです。
瞬がお姫様のままでいたいというのなら、話は別でしたが。






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