重苦しい沈黙が漂い始めた聖域。
そこに、呪いをかけられた者全員が呪いから解放されるための提案をしてきたのは、その聖なる場所の主・知恵と戦いの女神アテナでした。
彼女は、空を飛ぶことのできる4人(正確には2頭と2羽)と共に瞬が移動するための具体的な方策を、彼女の聖闘士たちに打ち出してきたのです。
「私が丈夫なネットを用意しましょう。その上に瞬を乗せて、星矢たちが四方を持って飛ぶというのはどう?」
――という、実に原始的な対応策を。

瞬のささやかな胸のふくらみを見たアテナは、先程から なぜかひどく上機嫌でした。
実は、アテナは、“邪魔になるほど どかーんな”胸を、ひそかに自慢に思っていたのです。
それは大きければいいというものでもないのですけれど、アテナほどのお金持ちになると、大きいサイズのブラのデザインの貧困さや値段の高さを嘆くこともなかったのでしょう。
アテナのブラはオーダーメイドだったに違いありません。
実際のところはどうなのか、それはアテナのみぞ知ることですが、ともかく、アテナは、女体化という偉業を成し遂げた瞬の控えめな胸のラインに、大層ご満悦だったのです。

そんなアテナの提案に、星矢はその顔を(馬面です)しかめることになりました。
戦いの女神であると同時に知恵の女神であるアテナにしては、それはあまりにも芸のないアイデアだと、彼等は思ったのです。
「そんな面倒なことしなくても、瞬が 俺か紫龍の背中に乗ればいいじゃん」
「瞬は俺が運ぶ」
今は白鳥の姿をした氷河が、星矢の言葉を遮るように、横から、文字通りにクチバシを挟んできます。
不機嫌を極めたような氷河の断固とした口調に、星矢はきょとんと目を丸くしました。

今の氷河は、普通の白鳥よりはずっと大きく美しい白鳥の姿をしていましたが、所詮は鳥類。
人間である瞬を乗せるには無理があります。
一輝は一輝で全身が炎に包まれていましたから、これまた瞬を乗せるのは無理。
となれば、ペガサスか龍がお姫様を運ぶしかないではありませんか。

「瞬を他人に任せるのが嫌な気持ちはわからんでもないが、この場合は仕方がないだろう」
紫龍が、ここは感情より利便性を重視すべきだと氷河に忠告したのですが、氷河は利便性よりも合理性よりも自らの感情を優先させる男でした(現在は鳥類です)。

「瞬が星矢に馬乗りになって、馬並みに粗野な星矢に振りほどかれないように、その首に必死にしがみつくというのかーっっ !! 」
氷河が言うと、何ということもないお姫様の騎馬の様子も、非常に卑猥で下世話です。
おかげで、瞬が星矢の背に乗る行為を氷河が許せない訳は、彼の仲間たちにも わかりすぎるほどにわかりましたけれどね。

星矢と紫龍は、たとえ死んでも自分の意思を変えるつもりはないらしい氷河の血走った目を見て、深い溜め息をつくことになりました。
そして、脱力しきった声で言いました。
「アテナの(原始的な)提案を採用しよう」
紫龍は、そう言うしかなかったのです。

ここは、ですが、『さすがは知恵の女神アテナ』と言うべきなのでしょう。
彼女は、アテナの聖闘士たちの人生を左右する大事なこの場面で、合理性よりも卑小な妬心を重視する男である氷河が詰まらない意地を通そうとすることまで見越していたに違いありませんでした。
知恵というものは、過去の経験・学習から未来を考察する力に他なりません。
戦いの女神アテナは、確かに知恵の女神でもありました。






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