『ありがとう』と、言って別れたその翌日には、ヒョウガはもう我慢できずにシュンの家を訪ねてしまっていた。
聖域のオリーブ畑から無断で集めてきたオリーブの実で一杯にしたカゴを持ち、扉の前に立っているヒョウガの姿を見て、シュンは少なからず驚いたらしい。
「ヒョウガ?」

なぜ敵の家にやってくるのだとシュンに問われる前に――ヒョウガは、その理由をシュンに告げた。
「おまえに会いたくて」
他に理由などない。
他に理由などあるわけがないのに、シュンは不思議そうな目をヒョウガに向けてくる。
「あの……ヒョウガは聖域の人……なんですよね?」
「その聖域側の人間をおまえは助けてくれた」
「怪我をしている人を放っておくわけにはいかないでしょう」
それが当たりまえというような顔で、シュンはヒョウガに答える。
確かにそうなのだろうと、ヒョウガも思った。

だが、その当たりまえの感覚を、憎しみのために忘れかけている者が聖域には多い。
アテナの村の住人は、アテナの名をかたる不埒者と、その不埒な者に加担する者。
聖域の周囲から排斥し、立ち去らせることこそが“当たりまえ”。
それが地上の平和のためであり、正義でもある。
それが、聖域の者たちの一般的な考えだった。

アテナの側の人間はそうではないのだろうかと訝りつつ、シュンだけはそうではないことを祈りながら、ヒョウガは、困惑の色を帯びているシュンの瞳を見詰めた。
「迷惑か。怪我が治ってしまった聖域の者は、おまえの敵か」
「……アテナは……僕たちは、聖域の人たちと力を合わせて、人々の平和のために努めたいと思っているの」
「じゃあ、俺とおまえが聖域とアテナの村の協力者第一号になろう」
「え……」

そう言う聖域の者を、シュンは拒むことができなかったのだろう。
戸惑ったようにヒョウガを見あげていたシュンの澄んだ瞳が、少しずつ和らいでいく。
二人は敵同士ではないのだと、シュンは認めてくれたようだった。
シュンの瞳の様子の変化に、我知らずヒョウガは胸が弾んだ。
この気持ちが恋だということに、ヒョウガは既に気付いていた。






【next】