ヒョウガがシュンの家を訪ねるたびに、シュンは、懸命にアテナの考えを彼に伝えようとした。
アテナは聖域との対立など望んでいないこと、彼女の願いは地上の平和と安寧であり、そのために聖域と力を合わせることを望んでいること。
彼女は彼女の本来の居場所に戻りたいだけなのだ――と。

「だからね、アテナは――」
シュンは、相当のアテナの心酔者で、彼女を本物の女神と信じているようだった。
彼女が本物の女神なのかどうかはともかく、シュンの語るアテナの望みというものが真実なのであれば、アテナが聖域の乗っ取りを企む悪党でないことだけは、ヒョウガにもわかった。
シュンに繰り返されて、ヒョウガはそれは理解した。
しかし、ヒョウガは、アテナよりシュンの方が重要で、シュンが彼のアテナに言及すればするほど、アテナの存在が邪魔なものに感じられて仕方がなかったのである。

「ああ、わかった」
「真面目に聞いて」
ヒョウガにはあまり重要でないことが、シュンには大事なことなのだろう。
それより大事なことがあることをシュンに知らせるために、ある日 ヒョウガは、生真面目にアテナの理想を語り続けようとするシュンの手を掴み、その身体を抱き寄せ、そして その唇に口付けた。

「ヒョウガ……」
長いキスのあとでヒョウガが唇を離すと、シュンはぽかんとした顔で、彼の聖域の唯一の協力者を見詰めていた。
これはシュンにとって そんなにも意外なことだったのだろうかと、ヒョウガは少なからず落胆を覚えたのである。
シュンを驚かせないために、はっきりした行動に出たことはなかったが、それでも、態度や言葉の端々に、ヒョウガはこれまでいつも自分の気持ちをにじませてシュンに接していたつもりだったのだ。
シュンにも それは通じていると思っていた。
思っていたからこその、この口付けだったのだ。

「アテナの崇高な理想もいいが、俺たちはもっと別の方法でわかり合おう」
挫けそうな心を何とか立て直し、少々無理のある笑みを浮かべて、再度シュンに迫ってみる。
「ヒョウガっ!」
シュンの声音は微かに上擦っていて、ただ戸惑っているだけのそれではなかった。
「俺が嫌いなのか」
「そういうことを訊く人は嫌いだよ」
シュンが僅かに頬を染め、横を向く。
やはりシュンは、ちゃんとヒョウガの気持ちに気付いていたようだった。
ただヒョウガの行動があまりに唐突なものだったので、驚いただけだったのだろう。

シュンの答えは実に尤もなものだった。
ヒョウガは素直に言葉を変えて、自らの気持ちをシュンに伝え直したのである。
「おまえが好きだ」
それだけだった。
そして、シュンに同じ気持ちを返してほしいと願っているだけ。

素直になったのが功を奏したらしい。
ヒョウガの望みは叶えられた。
横を向いていたシュンが、視線を下方に落としたまま、ヒョウガの方に向き直り、やがて意を決したように顔をあげる。
少し熱を帯びたように潤んだシュンの瞳に映っているのは、彼のアテナの敵対者ではなく、彼の恋人だった。
そうして、最初に出会った日、ヒョウガが意図せず独り占めしてしまったシュンの寝台で 二人は互いを抱きしめ合ったのである。

細いのに、シュンの身体は確かに鍛えられていた。
ヒョウガの乱暴な愛撫を痛がる様子も見せず、シュンはそれを しなやかに受けとめてみせる。
シュンの身体は運動をしていないお姫様の身体ではなく、美しく弾力的だった。
強く力を込めた愛撫にはさほどでもなかったが、ヒョウガが力の加減をすると、シュンの肌は急に敏感になり――過敏と言えるほどに敏感になり――小刻みに震え始めた。
戦いには慣れているのに平和には不慣れな戦士のように、シュンは優しく触れられることの方が より強く激しい刺激に感じられるらしい。
その事実に気付いたヒョウガが、肌に触れるか触れないかの微妙な愛撫を繰り返すと、シュンは、その感触に耐えられないと言うように大きく身悶え、その唇から喘ぎと溜め息を洩らし始めた。

自分の唇から洩れる艶を帯びた声に、シュンは羞恥を覚えているようだった。
その羞恥が更にシュンを刺激するらしく、シュンが、その頬だけでなく、すべての肌を薄桃色に染めていく。
まもなくシュンは、ヒョウガの力の込もった愛撫にも身をよじらせ始め、その喘ぎは更に大きくなっていった。

「ああ……!」
ヒョウガに貫かれ、しなり、反り返るシュンの身体を本当に美しいと、ヒョウガは思った。
無駄な贅肉も無駄な筋肉もないシュンの身体は、その内も外も官能的にできている。
内奥は特に、攻撃的なまでに積極的で、それはヒョウガを夢中にさせた。






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