シュンに性交の感想を訊く必要はなかった。
大きく上下していた胸が徐々に静まってくると、シュンは、自分の喜悦振りが自分でも信じられないというような顔をして、瞬きを繰り返し始めた。
ここで、
「よかったか」
などということを訊いたら、シュンは羞恥のあまり、そのまま自分の身体を消え入らせてしまっていただろう。

「あの時、おまえは、最初から俺が聖域の者だと気付いていたんだろう? 俺を殺せば、その分アテナの敵が減って、おまえのアテナの願いの実現が近付いていたかもしれないのに、どうしておまえはそうしなかったんだ」
だからヒョウガは、乱れ疲れているらしいシュンに、そんな色気のない話題を持ち出したのである。
実際ヒョウガは、あの時なぜシュンがそうしなかったのかを不思議に思っていた。
初めて出会った時からシュンが自分に恋してくれていたのではないことはわかっているし、シュンはアテナの理想を心から信じているらしい。
あの時アテナの村の脇で歩けずにいた男は、明白にシュンの敵だったのである。

「……そうかもしれない」
ヒョウガが持ち出した色気のない話は、シュンに羞恥と困惑を忘れさせることには成功したようだったが、シュンを喜ばせる類のものでもなかったらしい。
溜め息のように小さな声で そう呟くと、シュンはヒョウガの言葉に微かに頷いた。

「シュン?」
「僕はいつも口ばっかり。理想を語っても、そのために自発的に何をするでもない。なのに……ヒョウガはどうしてこんな僕を好きだなんていうの」
シュンの反問は意外なものだったが、互いにすべてをさらし合ったあとで、そんなことを聞いてくるシュンを、ヒョウガは好ましく思った。

シュンはヒョウガに好きだと言われたからではなく、シュン自身が本来は敵である男を好きだと感じているからこそ、ヒョウガを受け入れた――。
シュンのその言葉は、ヒョウガに そう思わせてくれるものだったのだ。
シュンにとって、自分がその身をヒョウガに任せることは、不思議なことでも不自然なことでもなく、ヒョウガがそんな気持ちに至ったことの方が、シュンには不思議なことなのだ。
多少うぬぼれが入っていたかもしれないが、ヒョウガはそう思った。

「怪我をしていた俺を助けてくれたじゃないか」
「傷付いてる人を見るのは嫌いなの。なのに――」
「なのに?」
「ううん……」
ヒョウガの胸に頬を寄せ、シュンが瞼を伏せる。
シュンの睫毛の感触がこそばゆくて ヒョウガはシュンを抱き寄せた。
ついでとばかりに別の場所に伸ばそうとしたヒョウガの邪まな手を、シュンの呟きが遮る。

「わかってる。僕も戦えばいいんだ。だのに、僕は人を傷付けるのが恐くて、戦えない。こんな僕を許してくれるアテナに申し訳なくて、僕は――」
「戦いなんて、おまえには似合わない。おまえのアテナもそれがわかっているんだろう」
明白に敵とわかっている男にすら救いの手を差し延べてしまうようなシュンに対して、『敵を傷付け倒せ』とは、アテナでなくても命じることはできないだろう。
しかし、アテナを信じ、アテナの望みを叶えたいと願うシュンには、そんな自分が不甲斐なく思えて仕様がないらしい。

だが、人には向き不向きというものがあり、戦いに向いていない者が無理に戦いの中に身を投じれば、彼は敵を倒す前に自らの心身を傷付けるだけだろう。
シュンはどう見ても戦いに向いた人間ではない。
シュンは、愛されるために この世に生を受け、今ヒョウガの横にいる。
そのことを気付かせるために、ヒョウガは、改めてその指をシュンの内腿に忍び込ませた。






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