on Lovers' Hill






「アテナが降臨している時も有効らしいんだけどね、基本的には人の世に神が降臨していない時のためにあるんだよ、スターヒルの向こうのあれは」
魔鈴がスターヒルで見た光景を語ったあとに言及した『サンシャインヒル』なる場所の効用・・に、瞬は首をかしげた。

「でも、それはアテナの意思と矛盾してませんか? 平和というのは人間が自ら掴み取ろうとするもので、その努力をする者にアテナは力を貸す。神の力によって与えられる平和といえば聞こえはいいけど、神に押し付けられる平和なんて無意味――とアテナは考えているのだと、僕は思ってたんですが……」

魔鈴によると、『サンシャインヒル』はスターヒル同様、ヒルどころか、険しい山のようなものだという話だった。
さすがに某島国の豊島区東池袋3丁目1番3号に建つビルほどの高さはなく、山自体も そう大きなものではないのだが、平均傾斜度は45度、道らしい道もなく、そのほとんどがロッククライミングの練習施設さながらの難所ばかり。
頂上にはピラミッドのキャップストーンさながらに、成人の背丈ほどの高さの石塔があり、その塔に触れて願い事を言葉にすれば、その願いは必ず叶えられるのだという。――たった一つだけ。

「聖闘士にも辿り着くのは難しい場所だよ。普通の人間にはなおさら、あの“丘”に登るのは命懸けだ。傾斜もきついし、周囲を取り囲むように いつも強風が吹いていて、あの頂上に辿り着くには、余程の覚悟と尋常でない体力と技術が必要だ。神々はそこに辿り着くことを“努力”と認めて、その人間の願いを叶えてくれるんだろうね」

そう言われても、瞬は納得できなかった。
必ず願いの叶う場所。なぜ、そんなものが必要なのか。
たとえば社会を良いものにしようと願う人間は、彼が良いものにしようと思う社会に向かって働きかける努力をすべきである。
彼が行なうべきことは、決して山登りなどではないはずだった。
得心できずにいる瞬の顔を見て、魔鈴がその口許に苦笑を浮かべる。

「昔は、理不尽な身分制度や宗教上の規制や弾圧で、人々は締めつけられていたからね。普通の努力ではどうしてもならないことってもんがあったのさ。神サマに頼るしかないことがね。今は大体が民主主義の世の中で、越えられない身分なんてものはないし、人にはそれぞれチャンスが与えられるようにできている。必ずしも努力が報われるとは限らないけど、才能と努力とで、ある程度の望みは叶えられる。おまけに、聖域にはアテナがいて、聖闘士たちを統率してくれている。アテナの聖闘士の戦いは終わらないけど、聖闘士たちは自分たちが正義と信じるもののために戦えている。今はね、いろんな意味で いい時代なんだよ」

アテナのいない聖域を知らない瞬に対する魔鈴の口調は、世の中の矛盾を許せずにいる潔癖な子供を諭そうとする人間のそれのようだった。
瞬は、反駁の言葉を見付けだせずに唇を引き結んで、魔鈴の話を聞いている。

「アテナが聖域に降臨していなくて、聖闘士たちの進むべき明確な指針を示してくれる者がいない時代には、聖闘士たちが敵味方に別れて戦うことだってあった。我等がアテナが聖域にやってくる以前には、この聖域だって一枚岩じゃなかった。老師やムウは聖域に背を向けているも同然だったし、黄金聖闘士以外の聖闘士たちの中には、聖域のやり方に疑惑を抱いている者もいた」
「……」

他ならぬ己れの師のことを思い出し、瞬の瞳が曇る。
確かに、聖域にアテナがいる今という時代は、よい時代なのだろう。
今は、誰も“どんな願い事も叶う場所”に挑む必要はない。
だが、それなら なおさら、そんな場所は不必要なのではないかと、瞬は思ったのである。
そう思う一方で、瞬はその場所への興味を捨て切れない自分に少々苛立ちめいたものを感じていた。






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