「そこに行けば、どんな願いでも叶うんですか?」
瞬が尋ねると、魔鈴はアンドロメダ座の聖闘士におもむろに頷いてみせた。
「死んだ者を生き返らせることも、時間を過去に戻すことも、天候を操ることも、国を滅ぼすことも、もちろん、憎い者に死をもたらすこともね」
「そんなことまで……」
瞬が思わず言葉を失う。

『サンシャインヒル』にある塔は、神々と人間の契約によってできた神聖な祈りの場。
神聖な約束を守るために、戦いの女神、冥界の神、豊穣の女神、愛欲の女神――ありとあらゆる神々が総出で、命懸けの“努力”をして山頂に辿り着いた者の願いを叶えることになっているのだ――と、魔鈴は告げた。
言ってから、軽く両の肩をすくめる。

「けどね、人間ってやつの視点は偏っていて、ある一面しか見ていないもんだ。そんな人間が願うことは、ある一面では理に適った正しいことのように思えても、別の視点から見ると、理不尽だったり、人間に不幸をもたらすことだったりする。自然な成り行きを乱すことは、世の中の秩序を乱すことでもあるから、弊害も大きくてね――」
「弊害?」

「昔、善政を布いていた王が死んで、荒れ始めた国があった。亡き王の世を取り戻したいと願った臣下の一人があの山に挑み、死んだ王を蘇らせたことがあったんだ。蘇った王は既に即位済みだった次代の王と争うことになって、善王の復活を願った者の思いとは裏腹に、国は内乱で乱れ、結局滅んでしまった」
「え……」
「それとは逆に、逆恨みで世の中を憎み、世界の消滅を願った大馬鹿者がいたんだけど、消えてしまったのは、その大馬鹿者だった――なんてこともあったらしい」
「世界が消滅せずに、世界の消滅を願った人の方が消えてしまったの?」

たった一人の人間の浅はかな考えのために世界が消滅してしまったら、それは傍迷惑もいいところである。
しかし、それは、神聖な誓約を反故にする、言ってみれば契約違反なのではないかと、瞬は思った。
怪訝そうに眉をひそめた瞬に、神々の対応は至極当然というような顔で、魔鈴が頷く。
「世界の消滅を願った者の世界は消えたことになるだろう?」
「ああ、そういう理屈……」
屁理屈とは思ったが、そうでもしなければ確かに世界を完全に消滅させることはできないのかもしれない。
神々は人間との誓約を実現するために、彼等にできる限りのことをした――と言えるのかもしれなかった。

「似たような理屈で――誰も争うことのない世界の実現を願ったら、おそらく人の心はみな死んでしまうだろうね」
瞬が馬鹿な願いを願う愚行を犯しかねないことを危惧した魔鈴が、瞬に忠告――おそらくそれは忠告だった――する。
彼女の言葉を聞いて、争いのない世界の実現にはそういうやり方しかないのかと――人の心を殺してしまうという方法しかないのかと、瞬は暗鬱な気分になったのである。

それはともかく、“どんな願い事も叶う場所”があることを知っているにも関わらず、聖闘士たちが問題の山に登ろうとしない訳だけは瞬にもわかった。
深く考えずに願った願いが世界にどんな災害を招くことになるか わからない。
賢明な人間なら、そんなものの力を借りようとは思わないだろう。

「その契約は今も有効なんでしょうか」
「人と神の誓約は、人と神が存在している限り、取り消されないだろう」
腰をおろしていた場所――教皇の間とアテナ神殿を繋ぐ石の階段――から立ち上がり、魔鈴は、聖域の北の端に霞んで見えるくだんの山の上に視線を投じた。

「いずれにしても、サンシャインヒルへの挑戦は、自分の願いで自分が死んでしまってもいいと思うほど絶望している人間が、一か八かで挑む賭けだね。希望を力にして戦う聖闘士には関係のない場所。願いは自分の手で叶えろってことを人間に教えるために、サンシャインヒルの塔は作られたのかもしれない」
つい話の流れで語ってしまったが、そこは聖闘士の行くべき場所ではないと、彼女は言葉にはせず、瞬に忠告していた。






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