彼自身は、自分の願いは にも関わらず、紫龍は瞬に尋ねてきたのである。 「そういうおまえには本当に、叶えたい願いではなく、叶えられたい願いはないのか」 ――と。 叶えられたい願い――努力ではどうにもならない願い事――を、おまえは持っていないのか、と。 「それは……ないこともないけど……」 うまく嘘をつくことのできない自分が、瞬はじれったくて仕様がなかった。 ここで「そんなものはないよ」ときっぱり嘘をつけたなら、終わらせてしまいたい話はここで終わるというのに。 「なになに?」 瞬の正直な答えに興味津々の 瞬は観念して、再び正直に、自らの存念を仲間たちに告げた。 「言えないよ。人に迷惑がかかるから」 「おまえの願い事って、そんな傍迷惑なもんなのかよ」 「自分の努力だけでは叶えられないことって、他人の……人の心が絡むことが多いでしょう」 人の心を自分の望む通りに動かしたい。 それこそが、誰もが願う、だが決して叶えられてはならない願いだろう。 瞬も、他のすべての人間と同じように、その願いを胸に秘めていた。 そして、それは決して叶ってはならない願いなのだということも、認識していた。 「誰かさんに自分を好きになってほしいとか、そんなことじゃねーの?」 星矢が、探りを入れるように瞬の顔を覗き込んでくる。 「し……知らない」 星矢の追及を受けた瞬は、仲間たちに嘘をつかないために、これ以上この場にとどまってはいられなくなった。 「僕、ちょっと町までおりてくる。あんパン見付けられたら、買ってくるね」 アンドロメダ座の聖闘士の防御力は、聖闘士随一である。 素早く踵をかえすと、引き止める間もなく聖域の石段を駆け下り始めた瞬の後ろ姿を見やりながら、星矢は、 「ちっ、逃げられたか」 と呟くことになった。 星矢と紫龍は、どう考えても暇を持て余していた。 彼等は、彼等の暇つぶしの種の一つである瞬が その場から姿を消すと、すぐに、今度は、暇つぶしの種その2である氷河の方に向き直った。 「で、氷河。おまえは」 「ずばり、『瞬と寝たい!』だろ」 「あのな」 きっぱりと星矢に断言されてしまった氷河が、苦虫を噛み潰したような顔になる。 だが、それが、「そうではない」と否定しても嘘になるだけのことだっただけに、彼は仲間たちの決めつけを責める言葉を見い出せなかったのである。 「違うのか」 氷河の渋面を見た星矢が、真顔になって訊いてくる。 本気で正答がわからずにいるらしい星矢に、氷河は嘆息した。 「それもあるが――その前に、瞬に俺を好きになってもらわなきゃ意味がないだろう」 「なら、それを願えばいいだろ」 「俺の勝手で、瞬の心を変えるわけにはいくまい。だいいち、そんなふうにして願いが叶っても、俺が空しいだけじゃないか。そんな願いが叶ってしまったら、瞬は本当に俺を好きでいてくれるのか、神に心を操られているだけなのかを考えて、俺が疑心暗鬼に陥るだけだ」 「ま、そりゃそーだ。神様の力で欲しいものを手に入れてもなー」 得心したように、星矢が頷く。 「だが、人の心こそは、努力でどうにもできないことの最たるもの。それこそ神に頼るしかないものだろう」 星矢が納得したことが わかっていないはずのない紫龍の口調は、どこか挑発的である。 だが、氷河は、その挑発に乗らなかった。 「俺の望みは、瞬の幸福だけだ。だが、瞬は、それを他人に与えられるのではなく、自分の手で掴みたいと思っているだろうから、俺にできることは何もない。俺が瞬に関することで神に何かを望むわけにはいかない」 まるで人生の意味を悟った老人のように抑揚のない口調で そう断言する氷河に、星矢が瞳を見開く。 しばしの間を置いてから、彼は、 「おまえ、いつからそんな 悟りきった男になっちまったんだよ」 と、肩透かしを食ったような顔をしてクレームをつけてきた。 「一度死んで生き返った時……かな」 氷河が独り言のように低い声で告げる。 「まあ、俺のことだから、悟ったつもりになっているだけなのかもしれないが」 そう言ってから、氷河は、何か気掛かりでもあるような視線を、瞬が駆け去った方角へと巡らせた。 |