翌日、3度目に出会った時、二人は既にそれぞれの心の中にあるものを隠すことができなくなっていた。
人待ち顔――というより、不安げな様子で花の中に佇んでいたシュンが、ヒョウガの姿を認め、ヒョウガの側に駆け寄ってくる。

その瞳の中にあるものが意味することは、ヒョウガにもわかるほど明瞭で明白だった。
同じ瞳で、自分もシュンを見詰めているのだろう――と思う。
ならば、シュンも気付いているはずだった。
花の中で花の精に出会った男が、シュンに何を求めているのかということに。

「おまえは……本当に花の精じゃないのか」
「そうだったらよかったのに」
「だが、花の精という商売は、恋でもしていないことには退屈なものらしいぞ」
「……」
昨日とは違い、意図的に『恋』という言葉を持ち出す。
シュンは、その頬を上気させ瞼を伏せた。

「花の精というのは、人間に抱きしめることのできるものだろうか」
意を決して、シュンに尋ねてみる。
「僕は人間だよ!」
花の精からは、即座に、彼が花の精であることを否定する言葉が返ってきた。
そして、ヒョウガは、それ以上自分を抑えることができなかったのである。

「なら、抱きしめられるな」
そう告げる声は、かすれ上擦っている。
それでも、繊細で か弱い花を驚かすことのないように細心の注意を払い、ヒョウガは急がずにゆっくりとシュンを抱きしめた。
ヒョウガの腕の中で、花が小さく震える。
「ヒョウガ、僕、ほんとは――」
「なんだ」
「ううん」
「――キスもできるのか」

腕の中のシュンが何かに怯えるように逡巡していることは、ヒョウガにも その腕と胸とで感じ取れていた。
にも関わらず、ヒョウガがシュンにそんなことを訊いたのは、シュンにシュンの正体を知らされてしまうことを、彼が怖れたからだった。
『僕、ほんとは――』
本当は、本当に花の精なのだと知らされてしまったら、この恋はどうなってしまうのか。
ヒョウガは、シュンを手放したくなかった。

ヒョウガの願いが通じたのか、シュンはヒョウガの手から逃げようとはしなかった。
頬を朱の色に染め、シュンは花のように待っている。
ヒョウガはシュンの顔を上向かせ、その唇に唇を重ねた。
もちろんバラの色をした花びらのような唇を傷付けることのないように、そっと。
ヒョウガは、それだけでも十分にシュンの唇がたたえている甘い蜜の味を味わうことができた。
唇を離すと、シュンが少し遅れて 閉じていた瞼を開ける。

「花にするみたいなキスだね」
「違うキスもできるんだが」
「人間にするみたいな?」
「ああ」
「僕は、人間だよ……!」
「……」

野に咲く花というものは、本当に無垢なものなのだろうか。
それとも、そもそも花とは、どんな花であれ、人を誘うようにできているものだろうか。
シュンは花そのものだと思うのに、もはやシュンを花として扱うことができない。
シュンを抱きしめていた腕に、ヒョウガは思い切り力を込めた。
花びらに噛みつくようなキスをして、その奥に隠すように たえられている蜜を奪い取るために、シュンの口腔に舌を忍び込ませる。

固く目を閉じたシュンの両手が 自分の背にまわされたことを確認して、ヒョウガはシュンを抱きしめ口付けたまま、やわらかい下草の上に膝をついた。
そのまま、花の中にシュンの身体を横たえる。

シュンが身に着けている一枚布の短衣は、わざわざ脱がそうとしなくても、ヒョウガの手の侵入を妨げることはしなかった。
裾から這い込ませた手を、腿から腹、腹から胸へと移動させるうちに、シュンの服は自然にシュンから離れていった。
「んっ……」
裸身を花の中にさらすことになったシュンが、やっとシュンの唇の位置にまで這い上がってきたヒョウガの指に、僅かな振動を伝えてくる。

「に……人間は、みんなこんなふうにするんだよね。変なことじゃないよね」
「恐いことでもない」
「うん……」
シュンが頷き終えるのを待たずに、ヒョウガはシュンの身体に自身の身体を重ねた。
シュン自身の匂いなのか、周囲の花の匂いなのか、ヒョウガは、いつのまにか その全身を、むせかえるほど濃密な甘い香りに取り囲まれてしまっていた。
それが、じわじわとヒョウガの欲望をあおりたててくる。

花ではないにしても、初めて人の手に触れられる肌である。
ヒョウガは、なめらかな その表皮をできる限り傷付けないように注意して、シュンの身体を撫で、あらゆる場所の感触を確かめた。
そんな愛撫でも、シュンの身体には尋常でない刺激だったらしく、シュンの肌はまもなく、その身体を包む空気の温度を変えるほどの熱を持ち始めた。
シュンの喘ぎは泣き声じみ、それはヒョウガの耳への愛撫そのものだった。

だが、花に泣かれると悪いことをしている気分になる。
「シュン、いやなら――」
ヒョウガの手に触れられる前から触れられることを予期して、シュンの身体はバラ色に染まっている。
シュンは、自分自身の身体の変化に困惑し、身悶え続けていた。
そんな様を見せられて、『シュンがいやならやめる』ことなどできるはずがない。
それはわかっていたのに、すすり泣きのような喘ぎを洩らし続けるシュンに、ヒョウガは問わずにはいられなかった。

ヒョウガが本当はもうやめられないことを知らないはずのシュンが、ヒョウガが言いかけた言葉を打ち消すように彼の背に腕を絡め、シュンを嬲り続けている男から離れまいとするかのように、きつくしがみついてくる。
「た……戦いが――戦いが続く限り、僕とヒョウガは明日もまた会えるとは限らないの。だから――」

シュンのかすれた声が、耐え難い現実をヒョウガに思い出させた。
シュンの言う通りだった。
戦いは続いている。
いつどこが戦場になるかもしれず、アテナの聖闘士はいつどこの戦場に行かなければならなくなるかもしれない。
二人が今こうして抱き合っていられることの方が奇跡なのだ。

花園の外の現実を思い出させられたヒョウガの身体は、途端に、僅かに残っていた冷静さを失った。
今、シュンを我がものにしなければ、次の機会は永遠に来ないかもしれないのだ。
「我慢してくれ」
花の精に無理な体勢をとらせると、その返事を待たずに、ヒョウガはシュンの中に一気に押し入った。

「あああああ……っ!」
それは、シュンが想像していた以上に無体な侵入になってしまったのだろう。
シュンは一瞬、その全身を硬直させた。
「いた……い……痛い……ああっ!」
シュンの瞳から、本当に涙が滲み落ちてくる。
シュンは、それでもヒョウガの身体を押しのけようとはせず、逆にヒョウガの背にしがみつかせていたすべての指先に力を込めた。

シュンの中は、それが花の持つ体温とは思えぬほどに熱かった。
シュンの中に入り込んでいるヒョウガ自身も熱いはずなのに、それを圧迫し締めつけてくるシュンの内部を熱く感じるということは、それほどシュンの中がたぎっているということである。
シュンの身体はやはり人間のそれだった。
人間の――シュンの身体が、吸いつくように絡みつくようにヒョウガに襲いかかってくる。
シュンに完全に捕まってしまうことを避けるため、シュンの奥に逃げ進むほどに、ヒョウガにまとわりつく力と刺激は強く圧倒的になってきた。

「う……あ……ああ……っ」
それでいて、花の姿を保ったシュンの外側は、風にあおられるだけで すぐにも散ってしまいそうな白く細い花びらのように か弱く頼りない。
その唇から洩れる声は、泣き声にしか聞こえないのに、その奥には快哉を叫ぶ歓喜の色がひそんでいる。
シュンは、何もかもが矛盾した不思議な生き物だった。
「いたい……痛い……ああ、僕……」
「シュン、そんなに痛いのなら――」
「やだっ、ずっとこうしてて!」

シュンの嘘を暴くつもりではなかったのだが――実際、シュンは尋常でない苦痛に苛まれているはずだった――ヒョウガの実行するつもりのない嘘に、シュンはすぐに正直になった。
シュンが痛いだけではない状態になっていることを確信したヒョウガは、意識しない安堵を覚え、そうして ためらいを捨てて大胆な抜き差しを開始した。
正直になったシュンが、そのたびに歓喜の悲鳴をあげる。

シュンが花の精でも人間でも、か弱くても貪欲でも、そして正直でも嘘つきでも、そんなことはもうヒョウガにはどうでもいいことだった。
シュンの姿は美しく、その内面は情熱的。
シュンは申し分なく、魅力的な恋人だった。






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