それでも、戦いは終わらない。 むしろ、それは拡大していた。 海神の影響力が強い海上の島々においてですら、どうしても決定的な勝利を得られないことに、海神と彼の配下の者たちは焦りと苛立ちを覚えつつあるらしい。 この戦いを始めたことが そもそも暴挙だったというのに、彼等の戦い方は、より無謀なものへと変化していた。 海神の配下の者がギリシャ本土の内陸部にまでやってきたのは、その者自身が終わりの見えない戦いに自棄になりつつあったからだったのかもしれない。 その理由は定かではなかったが、ともかく、ある日ヒョウガがシュンを求めて二人の秘密の場所を訪れた時、そこには“敵”という名の一人の男の姿があったのである。 雑兵ではなさそうだったが、海将軍たちほどの力も感じない。 納得できない戦いを始めた上層部と、不平や不満を募らせる部下の間で板ばさみになり苛立っている下士官――といった様子の男だった。 聖闘士には敵と言えるほどの者ではないが、普通の人間には十分に脅威になり得る力を持つ者である。 その“敵”が、花園の花を足蹴にして散らしていた。 自分とシュンの大切な場所が荒らされていることに怒りを覚えたヒョウガは、もちろんすぐにその男を倒そうとしたのである。 直前で、ヒョウガがそうすることを止めたのは、万一シュンがこの近くに来ていたら――ということを危惧したためだった。 シュンの恋人が聖闘士であることをシュンに知られたら、その瞬間に二人の恋は終わる。 ヒョウガは、急いで周囲に視線を走らせ、辺りにシュンの姿を探した。 ヒョウガが求めたものは すぐに、そして、思いがけない場所で見付かった。 ヒョウガが攻撃をためらった その瞬間に、シュンが“敵”の前に飛び出していたのだ。 「やめてっ! ここは……ここだけは……僕がヒョウガに会えるのはここしかないのっ」 (シュン……!) ヒョウガは、シュンの無謀に背筋を凍りつかせた。 が、幸い“敵”はシュンを彼の敵になり得るものとは見なさなかったらしい。 当然だろう。 シュンは一見したところは か弱い花の姿をした非力な子供にすぎない。 彼の敵は、憎らしいほどにのんびりと平和に咲いている花々の方だったらしく、その乱入者は、シュンの懇願をあざけるようにシュンの目の前で花園の花を蹴散らし続けた。 呆然と その様を見詰めていたシュンの瞳と拳に 力がこもるのが、ヒョウガにはわかった。 「やめろっ!」 ヒョウガがそう叫んだのは、“敵”の狼藉を止めるためではなく、シュンの無茶を制止するためだった。 「ここは俺が何とかする。おまえは逃げろ!」 「ヒョウガこそ逃げてっ!」 相手は、聖闘士や海将軍には及ばないにしても、彼等と同じように戦いを生きる証とする者、戦いのために鍛錬した肉体と技を持つ者である。 尋常の人間には到底退けられるものではない。 逃げろと言ったのに、シュンは彼の花園から逃げようとはしなかった。 鬱憤晴らしの邪魔をする者が二人になったことで、“敵”は、その標的を花から人間に移すことにしたらしい。 シュンよりは敵になり得そうなヒョウガに向けて、彼は彼の拳を放ってきた。 こうなると、ヒョウガもただ黙ってそこに立っているわけにはいかなくなる。 “敵”の拳を撥ね返すために、ヒョウガは彼の小宇宙を燃やした。 しかし、ヒョウガの小宇宙の力が“敵”の拳に至る前に、“敵”の拳は霧散していた。 他の誰でもない、シュンの強大な小宇宙の力によって。 「う……わ……」 彼が攻撃を仕掛けた者たちの正体に気付いた“敵”が、がたがたと身体を震わせ始める。 そんな見苦しい“敵”の存在を、ヒョウガはすぐに意識の外に追いやることになった。 ヒョウガの目にはシュンの姿しか映っておらず、シュンの目にはヒョウガの姿しか映っていない。 二人は、互いの力に呆然としていた。 「シュン……おまえ、聖闘士……か」 「ヒョウガ……も……?」 全員が同じ時代・同じ場所に集うことがあったとしても、僅か88人しかいないアテナの聖闘士。 だが、彼等が仲間の名や顔を知らなくても、それは さほど不思議なことではなかった。 黄金聖闘士以外の聖闘士は聖域に常駐する義務もなく、聖闘士たちの大半は、ギリシャ国外で それぞれが暮らす土地を守っている。 ヒョウガ自身、ポセイドンの攻撃開始後に召集を受け、北方から初めて聖域にやってきた青銅聖闘士の一人だったのだ。 シュンも、おそらく似たようなものだったのだろう。 |