女体化した一輝が城戸邸に滞在するようになってから1週間。 稀に見る椿事を面白がっているだけのようだった沙織は、それでも一応、一輝を元の身体に戻すために尽力してくれていたらしい。 その沙織が暗い顔で青銅聖闘士たちの前に現われたのは、氷河の親切に一輝の堪忍袋の緒が切れかかっていた ある日の午後のことだった。 「ハーデスに頼んで、テイレシアスの魂を現世に呼び出してもらったの。彼がどうやって元の男性に戻ったのか、その方法は経験者に聞くのがいちばんだと思って。でも、彼、もう数千年も前のことだから、自分がどうやって元の身体に戻ったのだったかを忘れたというのよね……」 溜め息混じりのアテナの報告を聞いて、瞬の兄(姉)は真っ青になった。 当然だろう。 命と最愛の弟の次に大事なモノが消え、余分なものが増えた現在の身体――に一生付き合い続ける人生を、彼はこれまで全く想定していなかったのだ。 この馬鹿げた事態はいつかは元に戻る。 そうなった時、どうやって氷河の嫌がらせに報復してやろうかと、ここ数日の間、一輝はそれだけを考え、それだけを女体で生きる日々の心の支えにしていたのだ。 だというのに、その希望が、今 失われようとしているのである。 沙織の言葉によって一輝が受けた衝撃は、並大抵のものではなかった。 沙織の報告を聞いて顔を強張らせたのは、一輝だけではない。 それは氷河も同じだった。 いずれ男に戻るのだと思っていたから、彼は一輝を嫌がらせで女性扱いすることもできていたのだ。 もしこのまま一輝が元に戻らなかったら、今どき あれほど“男らしさ”にこだわっていた男に、それは過酷すぎる試練である。 暑苦しくても鬱陶しくても、一輝は瞬の兄。 そして、その態度のでかさや、瞬が窮地に陥った時にしか姿を現わさない戦い振りはともかく、彼は氷河にとって志を同じくする仲間でもあった。 血の気の多さを売りにしている男が顔面を蒼白にして、ふらふらとラウンジを出ていく。 残されたアテナの聖闘士たちは、一輝の姿の消えた部屋の中に重苦しい沈黙を形作ることになった。 一輝があまりに哀れで、彼等は、ジョークはもちろん真面目な意見のひとつも思いつかなかったのである。 その沈黙を最初に破ったのは、一輝の弟ではなく、氷河だった。 掛けていたソファから立ち上がり、彼は一輝のあとを追ってラウンジを出ていった。 |