「瞬……」
仲間に投げつけられた言葉に呆然としている瞬を、紫龍は気の毒そうな目で見やることになったのである。
氷河が瞬に言うべきは、そういう言葉ではないはずだった。
肝心なところで天邪鬼な氷河に、紫龍は内心で舌打ちをした。

「あー……瞬。本気にするな。氷河は本当におまえを嫌っているわけじゃない。氷河は、自分がおまえに十把ひとからげに“仲間”扱いされたことが気に入らなかったんだろう。だから、おまえの気を引こうとして、わざとあんなことを言ったんだ。“誇りに思う仲間たちの一人”より、“ただ一人だけ嫌いな相手”の方が特別な存在だと、奴は考えたに違いない。奴はおまえに特別扱いしてほしいだけ、あれはただの我儘で本心じゃない」

氷河の考えることなど、せいぜいがそんなところなのだ。
氷河の見え透いたひねくれ振りに、紫龍は軽い腹立ちを覚えた。
それから、ふと、氷河のその子供じみた振舞いが誰かに似ていることに思い至る。
「氷河のように――好かれたいから、好きな相手を嫌っているポーズをとる者もいる。案外、そのレダとやらもそうだったのかもしれないぞ。人間は、基本的に自分の価値観で他人を量るわけだからな。氷河は自分がそうだから――奴が誰かを『嫌いだ』という時、それは『好き』の裏返しだから――レダもそうだったに違いないと決めつけたんじゃないか? そして、そのレダとやらに焼きもちを焼いた――」

「え……」
紫龍の言葉――それは推察にすぎなかったが――に、瞬はひどく驚くことになったのである。
氷河の焼きもちにではなく、レダが自分を好きでいてくれたのかもしれないということに。
瞬は、そんなことを、これまでただの一度も考えたことがなかった。
「一人の男だけを見詰めている女と、一人の男からいつも目をそらす女は、 結局似たようなものだ――と、昔のモラリストが言っている。多分それだ」
「そ……そんなこと ありえないよ。氷河はともかくレダは――」

好意を得たいと思っている相手に、あそこまで剥きだしの憎悪と嫌悪をぶつけることのできる人間がいるものだろうか。
いるはずがない――と、瞬は自分の・・・価値観で・・・・考えた。
紫龍が、そんな瞬に軽く横に首を振ってみせる。
「どうでもいいと思っている人間に嫌われることより、自分が好かれたいと思っている相手に嫌われることの方がダメージが大きいじゃないか。そのダメージを少しでも小さくしようと思ったら、自分はその相手を嫌っているのだと思い込むのがいちばんだ。聖衣を巡ってのライバルがどうこうというのではなく、レダはおまえに好かれたかっただけだったんだ、おそらく」
「まさか」
「おまえを嫌える人間の心情というものが、俺にはわからないからな。人間は所詮、自分の価値観と経験値で他人の心を量ることしかできないものだ。俺も、おまえも、氷河も」

紫龍は紫龍の価値観と経験値で、レダという人間は本当は瞬に好かれたかったのだと推察し、氷河は氷河の価値観と経験値で、レダは瞬を好きだったのだと直感し、瞬は瞬の価値観と経験値で、自分はレダに嫌われていると信じていた。
事実がどうだったのかは、レダ本人にしかわからないことである。
否、もしかしたら、レダ本人が気付いていないということも ありえた。

「レダがそんな……」
「人は皆それぞれに、それぞれ異なる価値観を持っている。その事実を知っている者だけが、自分とは異なる価値観を持つ者の考えを理解しようとし、人を思いやることができるわけだ」
「……」
自分がもしレダに嫌われていなかったのだとしたら――もしそうだったのであれば、今の瞬は、その仮説を喜ぶことはできなかった。
人と人の価値観や考え方が違うこと、そのせいで生じるすれ違いや誤解が、ただ悲しいだけだった。






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