瞬の奇特な・・・告白を、星矢によってラウンジに引きずり戻された氷河と、氷河を引きずり戻してきた星矢が、扉の陰で聞いていた。
今ここで氷河を瞬の前に差し出すと恥ずかしい思いをするのは瞬の方だと考えた星矢が、ラウンジのドアに背を向けて、金髪の仲間を睨みつける。
「おまえな! 好きな子をいじめたいなんて、俺よりガキだぞ」
瞬に好きだと告白されて浮かれきっているかと思われた白鳥座の聖闘士は、あにはからんや星矢の期待(?)に反して、憮然とした表情を浮かべていた。
憮然とした顔のままで、渋々口を開く。

「俺は……本当にガキの頃は瞬が嫌いだったんだ。何でも泣けば済むと考えてる奴だと思ってた。 俺は我慢してたのに」
あの頃城戸邸では、瞬以外の誰もが、孤独と過酷なトレーニングに必死になって耐えていた。
泣いてもどうにもならないことがわかるから、誰も泣かない――誰も泣くことはできなかった。
だというのに、ただひとり、どういうわけか瞬だけが泣くことが許されていたのである。
幼い氷河は、それを理不尽だと思っていたのだ。

「でも、今は好きなんだろ」
いつまでも意地を張っている氷河に呆れたように、星矢が確認を入れてくる。
氷河は彼に頷くことなく、だが、その事実を認めた。
「俺は、瞬を嫌っていることを隠さなかった。それなのに瞬は俺を嫌いにならなかった。そんな奴は初めてだった。大抵は、俺が誰かを嫌いになると、相手も俺を嫌った」
「普通はそうらしいな」
「瞬は普通じゃない」
「おまえにとっては そうだろう」

『この人間は特別な人間だ』と感じること。
それこそが恋の本質であり、恋の始まりだということは、恋など食したことも飲んだこともない星矢にも察することはできた。
そして、ある人間には特別な存在である人間が、別のある人間にはそうではないという現実を作るのは、まさに人それぞれで異なる価値観の為せる技なのだということも、紫龍と瞬のやりとりを盗み聞いているうちに、おぼろげながら理解できるようになっていた。
人間というものは面倒なものだと、つくづく思う。
そして、だからこそ人は面白い存在だとも、人は一人一人に存在する意味があるのだとも、彼は思った。

「おまえ、さっさと告白しちまった方がいいぞ。もたもたしてると、瞬を特別な人間だと思ってる他の奴に瞬を取られちまう」
「……」
星矢が水を向けた途端に、それまでぶっきらぼうではあったにしろ、星矢と会話を成立させていた氷河が黙り込む。

たかが恋の告白程度のことで、氷河が普通の人間のように怖気づいたり ためらったりすることがあるとは、星矢には考えにくいことだった。
氷河は本来、直情径行の気味のある男で、自己抑制力には全く秀でていない男なのだ。
もちろん彼も瞬の称賛を受けていたアテナの聖闘士の一人であるから、嫌われることを恐れて人を嫌うようなことはしないだろうし、振られることを恐れて行動に出ないような男でもない。
そんな氷河をここまで ためらわせる瞬は、氷河にとってよほど特別な人間なのだろう――と、星矢は思った。
だが、だからこそ――事を急がねばならないのだ。

氷河の彼らしくない躊躇に焦れて、星矢は勢いよくラウンジのドアを開け、その中に氷河の身体を突き飛ばした。
「瞬! 氷河がおまえに大事な話があるんだとよ!」
「え?」
突然室内に闖入してきた仲間に驚いたように、瞬が顔をあげる。
瞬とまともに視線が合った氷河は、白鳥座の聖闘士とも思えぬことに、すぐに瞬から視線を逸らそうとした。
が、星矢がそれを許さない。

星矢は、氷河のすぐ背後に立ち、彼の退路を断ったのである。
瞬と向き合う位置から動けなくなった氷河は、ついに意を決したようだった。
意を決して――彼は瞬に、
「おまえは俺が好きか?」
と尋ねたのである。『俺はおまえが好きだ』とは言わずに。

「うん」
今更 自分の気持ちを偽ってもどうにもならない。
瞬は素直に頷いた。
「特別に?」
「特別に」
「そうか」
氷河は、瞬の返答を聞くや、これで自分に課せられた務めは果たしたと言わんばかりの様子で、後ろを振り返った。
そこで氷河を見張っていた星矢が、びっくりして目を丸くする。

「ちょ……ちょっと待てよ! これで終わりかっ !? 肝心のおまえが、瞬に好きだとも何とも言ってないじゃないか。これのどこが恋の告白なんだよ!」
星矢の突っ込みを受けて、氷河は初めて自分の告白の不手際に気付いたらしい。
彼は、うたた寝から完全に目覚めていない人間のような顔をして、星矢に向かって呟いた。
「瞬に好きだと言われたことに感動して、自分の気持ちを言い損ねた」
「おまえ、なにアホなこと言ってんだよ!」

星矢が怒声を響かせるのに一瞬遅れて、瞬が室内に忍び笑いを洩らす。
ともかく氷河の『俺はおまえが嫌いだ』は、彼の本心ではなかったのだ。
それがわかっただけでも、瞬は嬉しかった。

間抜けとしか言いようのない氷河の告白に、星矢は思い切り頬を膨らませたのだが、まさか氷河に恋の告白のやり直しをさせるわけにもいかない。
氷河にゼウスの狡猾を求めることの不可能を思い知らされた星矢は、あまりに間抜けすぎる仲間に ひたすら嘆息することしかできなかったのである。






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