ゼウスの狡猾を氷河に求めることは、どう考えても無理なことだった。
翌日朝食の席で、
「瞬、おまえ、俺とデートとかいうものをしてみたいとは思わないか」
と尋ねた氷河は、瞬に、
「思うよ」
という返事をもらうことができたというのに、その答えをもらったことに満足したのか、瞬を実際にデートに誘うことはしなかったのだ。

昼食後、更に大胆になった氷河は、仲間たちのいるラウンジで、
「おまえは俺にキスされたいと思わないか」
と瞬に尋ねた。
そして――その頃には星矢にも先の展開が読め始めていたのだが――瞬から、
「思うよ」
という返事をもらった氷河は、それで満足したように、そこから先へと進もうとはしなかったのである。

「おまえ、瞬がキスしてもいいって言ってるのに、なんでしねーんだよ!」
「瞬にキスしてもいいと言ってもらえたのが嬉しくて、キスするのを忘れた」
「……」
間抜けというより腑抜けと言った方がより適切な氷河の答えを聞いて、星矢が呆れかえったのは言うまでもない。
今では氷河の好意を確信できるようになったらしい瞬が、
「氷河って、本当に面白い」
と笑ってくれていることだけが、星矢には、救いと言えば救いだった。

そんな星矢には、だから想像もできなかったのである。
その夜、瞬の部屋を訪れた氷河が、
「俺に抱かれたいと思わないか」
と瞬に尋ね、どうせ氷河はOKの返事をもらいさえすれば その返事に満足して実際に抱くことまではしないのだろうと考えた瞬が、安易に、
「思うよ」
と答え、そのままベッドに押し倒されてしまったことなど。
間抜けで腑抜けな氷河が、そんな大技を見事に決めてしまったことは、星矢にはまさに驚天動地・青天の霹靂の出来事だった。






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