「でも、瞬の奴、やっぱり何か変なんだよなー」 星矢の呟きに、紫龍はおもむろに頷いた。 「言っていることと していることが、全く噛み合っていない」 「そうそう」 “そういうの”が嫌いなら、なぜ瞬は“そういうの”に出会う可能性の高い場所に毎日ひとりで出掛けていくのか。 この国一 快適な城戸邸でシャーベットでも食べていれば、瞬は彼を苛立たせる者たちに会うことはなく、不愉快な思いをせずに済む。 瞬の言動は矛盾を極めており、その矛盾の原因は全く解明されていない。 昨日の今日だというのに今日も駅に向かう瞬の後ろ姿を見やりながら、星矢は両の肩をすくめた。 本日も尾行者の数は三人。 瞬のあとを追って城戸邸を出た氷河に 星矢と紫龍が合流し、今日の彼等の尾行活動は始まった。 尾行という行為は、本来もっと地味に もっと密やかに行なわれるべきものなのだろうが、彼等はそういう気配りの必要性を全く感じていなかった。 なにしろ、尾行されている瞬は 昨日にも増して注意力散漫で隙だらけ、否が応でも目立つ三人組が自分のすぐ後ろを連れだって歩いていることに気付いた様子もないのだ。 瞬は、その足許も昨日以上に頼りなく覚束ない。 昨日の瞬が夢遊病者なら、今日の瞬は、行き場がわからずに迷い続けている亡霊か何かのようだった。 その瞬が向かった先は、昨日とは違う街だったが、やはり人出の多い繁華街の一つだった。 瞬の目的は、人の群れの中に我が身を紛れ込ませることで 己れを空しゅうすることなのではないかとさえ、彼の仲間たちは思ったのである。 到底 目的地があるようには見えない風情の瞬が、ふらふらと頼りない足取りで人の波の中に紛れ込もうとするのも昨日と同じなら、駅を出た早々に 怪しい男に声を掛けられるのも昨日と同じ。 唯一 昨日と違うのは、その怪しい男が学生ではなく、30前後の正真正銘の成人で、しかも一人ではないことくらいのものだった。 それが些細な違いでないことは、間もなく瞬の仲間たちの知るところとなったが。 どこかぼんやりした瞬の腕を、二人組みの男が左右から掴む。 そして彼等は、そのまま歩道の脇に停めてある車に瞬を連れ込もうとしたのだ。 昨日はそれなりに威勢よくヘンタイさんに食ってかかっていった瞬が、今日は彼等にほとんど抵抗らしい抵抗もせず、為されるままでいる。 「おい、まじでヤバくないか? あの二人、カタギには見えないぞ」 という星矢の警告に紫龍が頷き返すより早く、氷河は行動に出ていた。 「何をしている」 瞬の行動の訳が皆目わからない苛立ちもあって、今日の氷河は昨日に倍する 凄みを全身にみなぎらせていた。 普通の人間なら、彼がそれ以上何もしなくても、心身を凍りつかせていたに違いない。 が、そんな氷河を見ても、二人の不埒者は さほどひるんだ様子を見せなかった。 ほんの数秒 ぎょっとした顔になったが、彼等はすぐに彼等の仕事の続きに戻ろうとした。 どう考えても“普通の”人間ではない二人の自信の根拠は、修羅場に慣れていることと、おそらくは彼等が普通のヘンタイさんなら持っていないはずの武器を携帯しており、そのせいで自分たちが絶対的優位にいると確信しているからだったろう。 氷河はもちろん、瞬を彼等に奪われるつもりはなかった。 が、いかにも善良な市民ではない二人の流儀に付き合って、こんなところで流血沙汰を起こすわけにはいかない。 かといって、聖闘士の力と技を駆使した肉弾戦を始めて 公道に大きな穴をあけたり、一般人がショッピングを楽しんでいるビルを瓦礫の山に化すような振舞いは論外である。 苦肉の策として氷河は、彼等の足許を凍りつかせてその動きを封じることで、大きな騒ぎを起こすことなく 瞬を取り戻すことを企み、実際にそうした。 ヒートアイランド現象に喘ぐ街に、突然どこからともなく出現したアイスバーンに驚愕した男たちが、何やら大きな声でわめき始める。 「なんだ !? 靴が地面から離れないぞ!」 「どこからこんな氷が出てきたんだ!」 常識では考えられない事態に慌てた男たちが、瞬の腕を掴んでいた手を放す。 自由を取り戻した瞬が その場から2、3歩後ずさるのを見て、一方の男がもう一方の男を叱責した。 「おい、逃がすな! それの代わりはそうそう見付からん!」 氷河に遅れて現場に駆けつけた星矢は、男の声に何か計画的犯罪の匂いを嗅ぎ取り、ぼんやりとその場に立ち尽くしている瞬の身体を氷河の方に突き飛ばしたのである。 「氷河! あとは俺と紫龍でどうにかするから、とにかく、瞬を連れてここを離れろ!」 相手が何者でも、アテナの聖闘士二人を相手にして、滅多なことができる人間がいるはずはない。 氷河は、普通でない男たちの前に立ちはだかった星矢と紫龍に一瞥をくれると、この場で何が起きているのか全くわかっていないらしい瞬の手を引き、素早く人混みの中に紛れ込んだのだった。 |