星矢たちが城戸邸に帰還したのは、氷河と瞬の帰宅から1時間が過ぎた頃だった。
もちろん無傷で、その上、どういう手段を用いたのかは知らないが、彼等はあの男たちから その不届きな行動の目的をしっかり聞き出してきていた。

「あいつら、ちゃんと、おまえを男だとわかってたぞ。その手の――つまりホモポルノに出させるために、おまえを『素敵な場所にご招待しようとしただけだった』そうだ」
「要するに、ヤクザの資金調達活動に協力させられかけていたわけだ。アテナの聖闘士が!」
「……」

瞬はラウンジのソファに力なく腰をおろし、仲間たちの報告と非難を無言で受け止めている。
この期に及んでまだ黙秘権を行使しようとしている瞬の態度に苛立ったらしい星矢の口調は、更に険しいものになった。
「おまえ、自分より強い人間はこの世にアテナしかいないとか何とか、でかいこと言ってなかったか! なんだよ、あのざまは! 俺たちがあとをつけてなかったら どんなことになってたか、わかってんのか!」

星矢は、瞬に謝罪の言葉を求めているわけでも、『助けてくれてありがとう』という謝礼の言葉を期待していたわけでもなかった。
瞬がこんな失態を招くことになった訳を――つまりは、瞬の連日の外出の訳を――彼は知りたいだけだった。
こんなことになってもまだ沈黙を守ろうとする瞬の頑なさに、星矢は少しばかり呆れたような顔になった。

あくまで無言でい続ける瞬の代わりに、星矢の詰問への答えを返してきたのは 某龍座の聖闘士だった。
「薬でも嗅がされて、そちら専門の男優にカメラの前で犯されまくっていただろうな」
「いや、紫龍、俺はさあ……」
星矢は、そこまで具体的な話を聞きたいわけではなかったのである。
あまり愉快ではない具体例を挙げられて顔をしかめた星矢は、だが、到底愉快とは言い難い推測を言葉にしてくれた紫龍を責めることはしなかった。
実際、そうなっていたに違いないのだ。
今日の瞬は、アテナどころか、学校のプールで歓声をあげる小学生と喧嘩をしても あっさり負けてしまいそうな様子をしている。

「とにかく、最近のおまえは変だぞ! 普通じゃない!」
気を取り直して、星矢が再び瞬を怒鳴りつける。
「どうだって……」
いったい その言葉の何が瞬の心を刺激したのか――。
それまで言葉もなく項垂れているばかりだった瞬は、星矢のその言葉を聞くと、やにわにその顔をあげ 星矢に向かって噛みついてきた。
「どうだって……! どうなったってよかったんだ、僕なんか!」

星矢が、瞬のその掠れた悲鳴のような声に驚いて瞳を見開く。
「瞬……?」
それまで瞬以上に深い沈黙を作っていた氷河に気遣わしげに名を呼ばれると、瞬は突然 自分の膝に載せていた手の上に涙の雫をぽろぽろとこぼし始めた。
「氷河でないなら誰だって……どうなったっていい……」
瞬のその呟きの意味が、もちろん星矢にはわからなかったのである。






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