「……」 もしかしたら氷河は、瞬の顔を非常に可愛いと褒めたつもりなのかもしれない――と、星矢は無理に思おうとしたのである。 が、それにしては、氷河の声には真情がこもりすぎていた。 氷河は本気で、心底から、瞬の顔を嫌っているのだと思わざるを得ないほどに。 氷河の吐き出すような物言いに、星矢は少なからず驚かされた。 「おい、いくら何でも『大嫌い』はないだろ。せめて『ちょっと嫌い』くらいにしとけよ」 「どちらにしても嫌いなことに変わりはない。俺は瞬の顔が嫌いだ」 氷河に『嫌い』を連呼された瞬が、僅かに瞼を伏せる。 どうやら瞬は、『可愛い』と言われるよりは『好きだ』と言われることの方を嬉しく感じるタイプの人間らしかった。 それはそうだろう。 どんなに可愛くても、人に好かれないのでは可愛い甲斐がない。 瞬が顔を伏せる様を横目に見て、星矢は眉根を寄せることになったのである。 彼には、仲間(の顔)を嫌いだと断言する氷河の意図が、まるで理解できなかった。 氷河が“世間一般に可愛いと言われるもの”を好まないのが事実だったとしても、仲間である瞬への好悪まで、その好みに即して決めることはないではないか。 『おまえは例外だ』とでも言っておけばいいことである。 それだけで瞬は安堵するだろうし、むしろそれは瞬を『可愛い』と褒めることにもなる。 はっきり『嫌いだ』と言って瞬を傷付けることは、瞬にも氷河にも何の益をもたらないが、瞬を褒めておけば、この先いろいろと良い目を見させてもらえることもあるかもしれない。 そのあたりを考慮に入れていない氷河の発言は、正しく無益だった。 星矢はそう思った。 氷河の辛辣な言葉の意図を量りかねていたのは、星矢だけではなかったらしい。 それまで星矢と氷河のやりとりを脇で聞いていた紫龍が、まるで病人を問診する医師のように しかつめらしい顔で、氷河に尋ねる。 「おまえ、自分の顔は好きか」 「この世に俺の顔くらい可愛げのないものもないだろう」 「判断力はちゃんとしてるようだな」 氷河の返答を聞いた紫龍は得心したような顔をして顎をしゃくったが、星矢はそうはいかなかった。 判断力が いずれにしても、顔の造作で人の好悪を――グラビアアイドルならまだしも、仲間の好悪を――決定するなど、絶対に褒められたことではない。 顔の造作が原因でアテナの聖闘士たちの固く結ばれた友情にヒビが入る事態も、避けるべきことである。 仲間同士の友情を重んじる星矢は、実に彼らしく まっすぐ素直に そう思った。 「じゃあ、瞬の顔がどんなだったら、おまえは瞬を好きになるんだよ!」 『薔薇ノ木ニ 薔薇ノ花咲ク ナニゴトノ不思議ナケレド』と北原白秋も詠っている。 薔薇の木に薔薇の花が咲くから、それは自然であり美しいのであって、瞬の顔が瞬の顔でなくなったら、その顔がどれほど美しい造形を持ったものであっても、それは不自然であり、不自然なものは美しくない。 星矢が白秋の歌を知っていたはずもないが、彼の挑むような詰問の意味はそういうことだった。 しかし、星矢のその詰問に対する氷河の返答は、バラの木が もみじ饅頭の花を咲かせるよりも珍奇なものだったのである。 しばらく考え込む素振りを見せてから、氷河は、 「理想はカシオスの顔だな」 という答えを返してきたのだ。 「……」 あまりに特殊すぎる氷河の好みに、星矢は声と言葉を奪われた――要するに、絶句した。 星矢はものの見事に――不幸にも――、カシオスの顔をした瞬がピンクのアンドロメダの聖衣を身にまとい華麗に戦っている姿を想像してしまったのである。 その強烈な映像は、星矢から明瞭な意識をも一瞬 奪い取った。 はっと我にかえり、2、3度大きく頭を左右に振る。 「あ、いや、カシオスは確かにいい奴だし、健気で優しい奴でもあるけど、あれは……あの顔は――」 どう考えても、あの顔は、世間一般的に美しい造形をしているとは言い難い顔である。 氷河の返答は、『俺は、世間一般に可愛いと言われる生き物が好きじゃない』の前言に完全に合致しており、その点に矛盾はなかったのだが、それにしてもカシオスの顔をしている瞬が理想と告げる氷河の美的センスは、常軌を逸している――逸しすぎている。 当然 星矢は、大いに氷河の神経を疑うことになったのだった。 城戸邸のラウンジを、気まずくも珍妙な沈黙が包む。 その沈黙を破ったのは、瞬の小さな遠慮がちな声だった。 「氷河、僕の顔が嫌いなの」 瞬の表情と声音は、到底明るく朗らかとは言い難いものだった。 「嫌いだ」 氷河がはっきりと明答し、瞬がしょんぼりと肩を落とす。 瞬のその様子がいかにも“可愛らしく”保護欲を誘うものに見えたらしく、氷河は肩を落とした瞬に同情するどころか、逆に不愉快そうに顔を歪めることさえした。 この上 何ごとかを言おうとして口を開きかけた氷河を、紫龍が機先を制して黙らせる。 「おまえが面食いでないことはよくわかった。それ以上は何も言わない方がいい」 これ以上氷河が発言を重ねると、瞬の落ち込みはますます深いものになるだろう。 それはますます瞬が“可愛く”なるということで、となれば、可愛いものが嫌いな男の嫌悪感は更に増すことになり――要するに、氷河が何ごとかを口にするということは悪循環を招く無益な行為なのだ。 紫龍の判断は正しいものだったろう。 幸い氷河は、そこまで突き抜けた馬鹿でもなかったらしく、彼は存外素直に紫龍の忠告を聞き入れて、それ以上は何も言おうとはしなかった。 「瞬、気にすんなよ、こんな阿呆の言うことなんて」 「ん……うん……」 星矢の慰めに、瞬は一応頷き返してきたが、それで瞬の落胆が癒されることはなかったらしい。 当然だろう。 顔の造作などという、自分に全く責任のないことが原因で瞬は仲間に嫌われているのである。 対処の方法がないだけに、それは瞬にとって、この上なく つらいことであるに違いなかった。 |