瞬は自分の頑なさの訳がわからず、そんな自分自身に戸惑い、気が付くと その瞳からぽろぽろと涙を零していた。 それでなくても不機嫌そうだったシャカの顔が、更に不愉快そうに歪められる。 「仮にも聖闘士が軽々しく涙など見せるな」 「え?」 「いや、慈悲の心の持ち合わせのない聖闘士である私に涙を見せても無意味だと言ったのだ。私は君に同情したりはしない」 彼がかつてアテナの聖闘士であったことを瞬に思い出させたくなかったシャカが、自分の失言を素知らぬ顔で訂正する。 瞬は彼の言葉に驚いたように、2、3度瞬きを繰り返した。 「聖闘士は泣かないんですか? 普通の人は、寂しい時や悲しい時、嬉しい時にも泣くものだと思うけど」 「それが見苦しいと言っているのだ」 瞬の主張を、シャカはにべもなく切って捨てた、 瞳にためた涙を拭いもせずに、瞬が乙女座の黄金聖闘士に尋ねる。 「あなたは“最も神に近い男”だと言われているそうですけど、神じゃなく仏の教えは信じてるんですか? 仏教の――輪廻転生の考えとか」 「なに?」 この女々しい子供は突然何を言い出したのかと、シャカは訝った。 それは『あなたは自分を孤独と感じているのか』という問いかけに比べれば はるかに答えやすい質問だったのだが、シャカはあえてその質問に答えなかった。 神の教えも仏の教えも知識として知ってはいたが、シャカはそのどれをも信じてはいなかったのだ。 アテナという女神も、彼は彼女に出会い その考えを知るまで、信じるどころか認めてさえいなかった。 瞬が、シャカの答えを待たずに、自分はどうなのかを語り出す。 「僕は信じてない。否定するわけじゃないけど、信じてはいない。死んでしまったら、それで自分のすべては消え去ると思ってる」 「……妥当な考え方だ」 妥当ではあるし、潔いとも思う。 来世を信じ期待して現世を諦観に満ちて生きる心弱い人間に比べたら。 シャカは瞬に浅く頷き返したが、瞬が来世を信じていないことと彼の涙との間にある因果関係が、彼には今ひとつ理解しかねた。 「だから、僕が死んだら、僕はもう永遠に何かを考えたり笑ったり泣いたりすることはできなくなる。そんなことができるのは今だけだ。だから、今、僕はいっぱいいろんなことを考えて、泣いたり笑ったりしたい。今泣いておかなかったら、僕は永遠に泣くことはできなくなる。それが人間というものでしょう? 聖闘士だって、あなただって、それは同じだと思うけど」 「君のような子供にそんなことを説かれるとは思わなかった。この私が」 自らの涙を正当化するために実に壮大な言い訳を持ち出した瞬に、シャカは正直 呆れてしまったのである。 そして、やはりこの瞬という少年は面白いと思った。 「あの歌の樫の木は、最後には、自分が寂しいことに慣れてしまうんです。でも、一度でも、人を愛し愛され、信じ信じられることを確信できた幸福な人間は、寂しいことに慣れてしまったりしないと思う」 シャカが告げた言葉を用いて、瞬はそう言い切った。 本当に生意気な子供だと思う。 言い負かそうと思えば、容易にそうすることはできる。 そうされた時、瞬が今度はどんな理屈を用いて反論してくるのかも知りたい。 何より、彼が、“最も神に近い男”を“愛と信頼を確信したことのない不幸な男”と思っているのか、“孤独になれてしまえない人間的な男”と思っているのかを、じっくり聞いてみたい。 シャカは、やはりどうあっても この興味深い玩具をずっと自分の側に置きたいと思った――時。 その時、突然、アテナの声が彼の中に飛び込んできたのである。 「黄金聖闘士たち、今すぐアテナ神殿に来てちょうだい。見付かった! 見付かったの! 生きてる……みんな生きてるわ!」 このところ消沈気味だったアテナが、珍しく興奮している。 「この件は後ほど じっくり話し合おう。アテナが呼んでいる」 瞬とのやりとりを中断すると、嫌な予感を覚えつつ、シャカは沙羅双樹の苑をあとにした。 |
■ さびしいカシの木
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