「冥界を出たのを確認していたので、地上の捜索ばかりをしてもらっていたのが間違っていたわ。星矢たちは冥界に引き戻されていたの。道理で小宇宙が感じられないと――生きていると感じられなかったはず。でも、生きてるわ! ユリティースのいた苑よ。みんな生きているわ!」 誕生日に思いがけない贈り物を贈られて喜ぶ少女のように、沙織の声は弾んでいた。 その言葉もとりとめがなく、平生の女神の落ち着きも威厳もない。 だがアテナ神殿に集まった黄金聖闘士たちは皆――シャカを除いて――彼女の歓喜の様を微笑ましく見詰めていた。 地上の平和と安寧を守るために――地上の平和と安寧を守りたいというアテナの意思に賛同し、戦いに臨み命を落としたと思われていた彼女の聖闘士たちの生存が 確認されたのだ。 彼女の喜びは至極当然のものだった。 「冥界に……。瞬だけが地上に戻ることになったのにも納得がいくな。ハーデスの意思が働いていたのだろう」 「自分の思い通りに操ることのできなかったアンドロメダの聖闘士への愛憎の為せるわざ――というところか」 自分一人だけが地上に戻り、いつの時も彼と共に戦ってきた仲間たちの姿が聖域にないことを知った時の瞬の錯乱、その後の衰残振りを思い出し、黄金聖闘士たちは一様にその瞳を曇らせた。 冥王の復讐は的を射ていたと言えるだろう。 あのまま瞬に アンドロメダの聖闘士であることを強いていたならば、瞬は自分だけが生き延びた嘆きと後悔のあまり、生きることを放棄していたに違いない。 黄金聖闘士たちは、若い青銅聖闘士たちが生還を果たさず、自分たちだけが生き延びてしまったことに憤りさえ覚えた。 だが、冥王は彼の依り代であったものを、心のどこかで やはり愛していたらしい。 あるいは、瞬の仲間たちの息の根を止めるだけの力が残っていなかっただけなのかもしれないが――ともかく、瞬の仲間たちは生きていたのだ。 「ムウ、彼等をここにテレポートさせられますか。私がもう一度冥界に下りていってもよいのだけど、少しでも早く瞬に彼等の無事な姿を見せてあげたいの」 アテナの上擦った声に、牡羊座の黄金聖闘士が頷く。 「我等の小宇宙の力を合わせれば、彼等をここに運ぶことなど、嘆きの壁を崩すことより はるかに容易です」 彼がその言葉を言い終わるより先に、四人の青銅聖闘士の身体はアテナ神殿の玉座の前に出現していた。 「ああ、私としたことが迂闊な。肝心のことを忘れていた」 自らを軽く叱咤したムウが、仲間たちから引き離され 一人地上に放り出されていたアンドロメダの聖闘士を、彼の仲間たちの側に運んでくる。 突然 何の前触れもなくアテナ神殿に運ばれた瞬は、石の床に横たわっている四人の青銅聖闘士たちの前で、我が身に何が起こったのかを得心できず放心することになった。 反応の鈍い瞬に焦れたらしい沙織が、瞬に喚起を促す。 「瞬、見て、一輝よ! 星矢、紫龍、氷河! みんな生きていたのよ!」 「一輝……星矢、紫龍、氷河……?」 「そうよ、思い出して。ハーデスとの戦いのあと、あなたは一人だけ地上に戻ってきた。星矢たちが死んだと思い込んだあなたは ひどく錯乱して、その上、小宇宙の力もほとんど失われていた。だから、サガに洗脳技をかけてもらって一時的にあなたの記憶を封印したの。星矢たちが見付かれば、あなたの力も戻るでしょうし、その時まで あなたがなるべく平穏な気持ちで彼等を待てるよう、偽の記憶を植えつけたのよ。あなたは聖域で生まれ育ったと。もしかしたら一生このままにしておくしかないのかもしれないと不安だったけど、でも――」 だが、彼等は生きていた。 命を賭けた戦いを共にしてきた仲間たちが瞬の側にいさえすれば、瞬は、自らがハーデスの魂の器となって地上に害を為そうとしたことへの罪悪感も、そのために失われたものごとへの愛惜も乗り超えていくことができるだろう。 元の強く前向きな――周囲の者たちに庇われ甘やかされる必要のない――アテナの聖闘士に戻ることができる。 そうして、瞬は、自らに課せられた試練を自らの力で打ち払い、アテナが誇らしさを感じることのできる人間の姿を取り戻すのだ。 沙織は、何よりもそのことが嬉しかった。 |