その場に充満する力強い小宇宙に触発されたのか、おそらくハーデスとの戦いの収束後ずっと眠り続けていたのだろう四人の青銅聖闘士が意識を取り戻す。
「ここは……聖域? アテナ……黄金聖闘士たち――瞬!」
アテナと黄金聖闘士たちは揃って安堵の息を洩らしたのだが、まもなく彼等は、肝心の瞬が相変わらずぼんやりとしたままで その場に立ち尽くしていることに気付いた。

誰よりも仲間たちの生還を喜び、そのことによって生気と小宇宙を取り戻すはずだったアンドロメダの聖闘士が、仲間たちの姿を見ても何の反応も示さない――のだ。
「星矢たちの小宇宙に触れても、アンドロメダの小宇宙が戻らないとはどういうことだ? これでは――へたをしたら、アンドロメダは小宇宙どころか その記憶すらも取り戻せないのではないか」
誰もが言葉にすることをためらった不安を、あえて言葉という形にしたのはムウだった。

「星矢たちの姿を見ても駄目なら――確か、アンドロメダにかけた技を解くための条件をつけたはずだな、サガ? そちらの条件を満たしてやればいいのではないか」
ムウの言葉を受けて、アフロディーテが、瞬の記憶を封印した男の方に向き直る。
サガは、しかし、暗い表情のままだった。

「簡単に解けてはまずいと思って、実現不可能な条件をつけたと言ったろう」
「どういう条件だ。黄金聖闘士が全員瞬の目の前で死ぬとか、その手のことか?」
「アンドロメダの聖闘士を取り戻すためなら、俺は死んでやってもいいぞ。どのみち、嘆きの壁を破壊した時に失ったと思った命だ」
アイオリアが気負いこんだように断言し、他の黄金聖闘士たちが獅子座の黄金聖闘士の言葉に同意を示す。
「いや、もっとあり得ないことだ……」
仲間たちの潔く美しい決意の言葉を聞かされて、サガの表情はますます暗いものになった。

「いったいおまえはアンドロメダにかけた技を解くために、どういう条件をつけたのだ!」
煮え切らない仲間に業を煮やしたミロが、サガを怒鳴りつける。
サガはいかにも渋々といった様子で、のろのろと口を開いた。
「実現不可能だが、お約束というか――王子様にキスされれば、アンドロメダにかけた技は解けることになっている」
「なにぃ !? 」

一度は聖域支配を企てた男の、あきれるほどの少女趣味に、彼の仲間たちは全員 大々的に自失することになってしまったのである。
星矢たちの生存が確認できる前に瞬が記憶を取り戻すことは、確かにどうあっても避けなければならない事態だった。
しかし、“容易に実現せず、だが 実現可能な条件”は他にいくらでもあるではないか。
よりにもよって“王子様のキス”とは、瞬に永遠に記憶を封印していろと命じたも同然の条件である。

「どうするのだ。どこぞの王室にでも頼み込むか」
「デoズニー○ンドあたりにいる偽王子を連れてくるというのはどうだ」
「それよりカエルを一匹掴まえてきて、これは呪いをかけられた王子様だと言いきかせてコトに及んでみるとか」
生きるか死ぬかの戦いを経て、ついに実現した平和の時、命を賭けた戦いを共にしてきた仲間たちの感動の再会シーンが繰り広げられるはずだったアテナ神殿では、突如 王子様調達法検討会が開催されることになった。
どうしようもない情けなさを感じつつ話し合いを重ねる黄金聖闘士たちの横で、だが瞬にかけられた欠陥技が解けるための条件は着々と整いつつあったのである。

「瞬、無事だったんだな!」
星矢に続いて意識を取り戻した白鳥座の聖闘士が瞬の姿を認め、バネ仕掛けの人形のように勢いよく跳ね起きる。
瞬が見知らぬ人を見る目で彼を見詰めていることに気付いた様子もなく、彼は瞬の身体を抱きしめ、場所柄もわきまえずに“その行為”に及んだ。
つまり、彼は、瞬の唇に彼の唇を重ねたのである。
それで、瞬にかけられていた魔法は至極あっさり解けてしまったのだった。

「氷河……。あれ、僕、どうしてここに……?」
黄金聖闘士たちの侃々諤々・喧々囂々の話し合いが、瞬のその呟きで中断される。
黄金聖闘士たちは、しばらく――相当長い間――瞬の身の上に何が起こったのかが理解できずに、不気味な沈黙を形成することになった。
やがて、嫌々ながら事の次第を理解する。

「王子様か? あれが?」
心底から嫌そうな顔をしてカミュに尋ねたのは、蟹座の黄金聖闘士だった。
返答のしようがなく、水瓶座の黄金聖闘士は彼の不肖の弟子を見守るばかりである。
「いや、だが、それで合点がいった。アンドロメダがシャカに懐いていたのは、シャカの金髪が王子様と同じだったからだったのだな」
ミロの呟きが、シャカの胸に小さく鋭い痛みを生じさせる。

注視していなければ気付かぬほど微かにではあったが シャカがつらそうに眉根を寄せたのを、彼の仲間たちが見逃すことはなかった。






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