「本当の記憶を封印されていた時のことは憶えていないんですが、特にあなたにお世話になったと聞きました。ありがとうございます。僕、これから みんなと日本に帰ります」 帰国当日、処女宮まで足を運んできた“瞬”は、翳りのかけらもない明るい瞳を乙女座の黄金聖闘士に向けて そう言った。 アンドロメダの聖闘士に戻った瞬―― 一介の青銅聖闘士に戻った瞬――は、聖域で黄金聖闘士たちやアテナから特別待遇を受ける幸運な少年だった頃には見せることのなかった眩しいばかりの生気を、その全身から放っていた。 「あの庭に、か」 「え?」 シャカが尋ねたことの意味も、今の瞬にはわからないようだった。 瞬は既にあの庭を自らの心の内に取り戻し、それゆえ、あの庭は、今ではわざわざ意識する必要もないほど瞬に同化しているのだろう。 幸福の庭を取り戻した瞬は、もう一人ではなくなった――孤独ではなくなった。 瞬のすぐ横には、それが当たり前のような顔をして金髪の王子様が控えている。 瞬が、聖域で最もとっつきにくい男に特別に親しみを示した理由が、今ではシャカにもわかっていた。 瞬を寂しさに慣れることができない人間にした彼の仲間の一人と同じ色の髪を、“最も神に近い男”は持っていたのだ。 そこが似ていた――そこだけが似ていた。 それだけで、“最も神に近い男”は瞬にとって特別な存在であり得た。 瞬にとって特別だったのは、“最も神に近い男”ではなく白鳥座の青銅聖闘士だったのだ。 青銅聖闘士ごときが、“最も神に近い男”をコケにしダシにしてくれた。 腹を立てていいことだと思うのに、不思議にシャカは瞬の残酷を責める気にはなれなかった。 「氷河、星矢、紫龍、兄さん!」 自分を幸福な人間たらしめてくれる仲間たちの名を呼べることが、瞬は嬉しくてならないらしい。 瞬の幸福そうな笑顔は途切れることがなく、そして瞬は以前の数倍も生き生きしていた。 小宇宙が蘇ったせいではなく、身の内からあふれ出てくる幸福感で、瞬は輝いている。 シャカは、せめてものプライドを総動員させ、微笑みながら、その幸福な少年の旅立ちを見送ったのだった。 |