その日、氷河が目覚めると、隣りに瞬が眠っていた。 氷河は、自分が目覚めたことは単なる気のせいだったのかと思うともなく思った。 瞬の安らかな寝顔を見やりながら、自分は本当はまだ眠っているのだと、彼は思ったのである。 夢の中でなら、これまでに幾度も 氷河はそういう場面を体験していたので。 瞬の身体は僅かに氷河の肩や腕に寄りかかっている。 剥きだしの肩、そして腕。 瞬の指先は 氷河の腕に軽く触れており、瞬が眠りに落ちた瞬間には、それらが氷河の腕に絡みついていたことを示していた。 それは、氷河がこれまでに何度も――何十回も何百回も――体験してきた場面だった。 ――夢の中でなら。 それがいつもの夢と様子が違っていることに氷河が気付いたのは、氷河が瞬の肩に手を伸ばし、その身体を抱き寄せようとした時だった。 いつもなら、(夢の中で)氷河の意図した通りにだけ動く瞬が、今日は、氷河の意に反して 突然寝返りを打ち、身体の向きを変えたのである。 その弾みで毛布が瞬の肩から少しずり落ち、瞬の背中が氷河の眼前にさらけ出された。 それは素晴らしく白くなめらかで清潔感を感じさせるものだったが、ひどく官能的で扇情的ですらあった。 そして、その様は、氷河の想像の域を超えていた――つまり、そんなもの、そんな場面を、これまで氷河は一度として思い描いたことがなかったのである。 それまでの氷河――昨日までの氷河――が考え、想像し得ていたこと。 それは、瞬は抱きしめたら やわらかいだろうとか、その胸に触れれば、それは控えめな反応を示すのだろうとか、にもかかわらず、鼓動は哀れみを覚えるほど速く波打ち始めるのだろうとか、内腿は感じやすいだろうとか、足首を掴めば、それは軽く指が回り余るほどに細いのだろうとか、自分を迎え入れてくれる瞬のその場所は傷付きやすいだろうとか、だからこそ細心の注意を払わなければならないだろうとか、その上で二人が一つに繋がった時の歓喜は筆舌に尽くし難いものだろうとか、そういう事柄だった。 そういうことなら、これまでに幾度も考えたことがあった。 しかし、瞬の背中がこれほどに魅惑的なものだということに、これまで氷河は一度も考え及んでいなかったのである。 瞬の髪、瞬の瞳、瞬の唇、瞬の肩、瞬の腕、胸、脚、内部。 瞬の身体のありとあらゆる場所を、そこに触れた時の感触や瞬の反応を、氷河はこれまで幾度も思い描き、想像を巡らせ続けてきたが、どういうわけか瞬の背中に関する考察と想像だけは、氷河のシミュレーション作業の項目からすっぽりと抜け落ちていたのである。 今 氷河の目の前にあるものは、実に魅惑的だった。 『これは俺に唇を押しつけられ、舌で味わわれるためにこそあるものだ』と、氷河は即座に確信した。 しかし、これまで氷河はそんな発想に至ったことが一度もなかったのだ。 『瞬の背中は魅力的であるに違いない』という素晴らしいアイデアを、自分はなぜ今日という日に突然思いついたのか。 氷河はそんな自分を怪訝に思った。 自らの過去の迂闊の理由を求めて、自分の思考力に活動開始の指示を出す。 その指示に従い、氷河の脳は活動を始め――そうして、彼は二度目の目覚めを目覚めたのである。 自分が夢の中にいるのではないことに、彼はやっと気付いた。 |