(べ……別に助平心からじゃないぞ……)
寝台の上に上体を起こした氷河は 懸命に自分自身に言い訳をしながら、瞬の身体の7割を覆い隠している毛布に手をかけた。
あの行為をしてしまったのか、何事もなかったのか。
それによって、今後の展開は180度変わってくる。
何もなかったのであれば、もしかしたら軽い謝罪だけで事態は丸く収まることになるかもしれない。――だが、いったいなぜ、何を謝罪する必要があるというのだろう?
もし“それ”が行なわれてしまっていたのであれば、その場合は責任問題が生じることになる。――氷河はもちろん、喜んで責任をとるつもりだった。

まさに、運命の分かれ目。
運命が導く先を見極めるために、何らかの痕跡が残っているかもしれない瞬の身体を確かめることは、絶対に必要な作業なのだ。
そのためには、瞬の身体を覆っているものを 瞬の上から取り除かなければならない。
そうすることは、必要不可欠の、何が何でも行なわれなければないないことなのだ。

言い訳に言い訳を重ね、その言い訳に更に理論武装の鎧を着せかけながら、瞬の身体を覆っている毛布に手をかける。
氷河の指は震え、心臓は早鐘を打ち始めた。
(何を緊張しているんだ。瞬の身体とはいっても、つまりこれは同性の身体じゃないか)
それが瞬のものでなかったら、頼まれても見たくないものを見ようとしているだけのことだというのに、なぜこんなにも自分の胸は高鳴るのか。
氷河には、そんな自分自身が全く理解できなかった。――はずがない。

思考の上ではともかくも、感情と感覚の面では、氷河はもちろんちゃんとわかっていた。
瞬と瞬の身体は、彼の恋情と欲望の対象物なのだ。
氷河が平常心でいられるわけがない。
緊張しないわけがないのだ。

ほんの数センチ、氷河は瞬の背中に掛かる毛布の端を持ち上げた。
「ん……」
途端に瞬が再び寝返りを打ち、溜め息にも似た小さな声を洩らす。
氷河は、その声に弾かれるように、瞬の身体を覆い隠している不粋なものから手を離した。
自分には 瞬の身体の上からそれを取り除くことはできない――そう、氷河は思った。
瞬の裸体を見たい気持ちは非常に強かったのだが、それを見てしまうことを恐れる気持ちの強さはそれ以上だったのだ。

瞬の身体を見ることで、もし昨夜二人がコトに至っていたことを確かめてしまえたら、接合を果たした二人の内の一方に その記憶がないことは大問題である。
無理強いだったにしろ、合意の上でのことだったにしろ、“身体を交えたことを憶えていない男”など、瞬にしてみれば、軽蔑の対象でしかないに決まっているのだ。
真実のある場所に自ら積極的に歩み寄ることは、氷河にはできなかった。

そんなふうな逡巡を繰り返して、最終的に氷河が至った結論。
それは、『瞬が目覚めるのを待つしかない』――だった。
瞬の目覚めを待ち、目覚めた瞬に、こうなった事情を訊くしかない。
昨夜の記憶がなく、瞬の裸体を見る勇気も持てない氷河にできることは、他に何もなかった。






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