そして、その時。
瞬の瞳が、朝の光の中でゆっくりと開かれた時。
自分でも驚くほどの自己抑制力を発揮した氷河は、見事に素知らぬ顔で、鮮やかなほど何気ない口調で、瞬に尋ねることができたのである。
「瞬。おまえ、夕べ、いったい何をしたんだ」
――と。
その質問を口にしてしまってから、自らの発言に瞬を責める意味合いが含まれていることに気付く。
氷河は即座に、
「夕べ、何があったんだ」
と、違う言葉で尋ね直した。
なにしろそれは、瞬にとってもアクシデントだったのかもしれないのだ。

ナニかがあったのか、なかったのか。
アレは行なわれてしまったのか、行なわれなかったのか。
それが問題なのである。
氷河の人生を左右するほどの、それは大問題だった。

ところが。
残念ながら氷河は、瞬の目覚めに出合っても、彼の究極の命題の回答を手に入れることはできなかったのである。
秋のやわらかい朝の光が撥ねている氷河のベッドで目覚めた瞬は、自分のすぐ脇にいる男の顔を見、その裸の上半身を見、実に感情の読み取りにくい表情と声音で、
「僕、どうして裸なの」
と、氷河に逆に問い返してきたのである。
氷河に問われたことには答えずに。

「なに……?」
それは氷河には想定外の反応だった。
もちろん氷河とて、夕べ何があったのかという自分の問いかけに、『アレをした』『アレをしなかった』という単刀直入な回答が返ってくると思っていたわけではない。
激しい憤りか、あるいは悲嘆、もしくは可愛らしい恥じらい。
瞬の示すものは、まずその3パターンのうちのどれかだろうと、彼は思っていた。
それで、昨夜何があったのか、おおよその察しはつく――と、彼は考えていたのだ。
だというのに、瞬は、まるで瞬自身も記憶をなくしてしまったかのように尋ねてきたのだ。
「どうして僕のベッドに氷河がいるの」
などという頓珍漢なことを。

「ここは俺の部屋だ。当然、俺がいるのは俺のベッドだ」
「そんなはず……」
そう言いかけて、室内を見回した瞬は、氷河の主張を認め受け入れざるを得なかったらしい。
それでも瞬は、何もかもが納得できていないような顔で、瞬自身の疑念を氷河にぶつけてきた。
「氷河、僕に何かした?」

『僕は氷河に何かした?』と尋ねてこないあたり、こういう場面における自分の役どころというものを、瞬は自覚しているようだった。
すなわち、たとえそこが自分の部屋でなかったとしても自分は被害者であり得るということを。
氷河は、初めて、少し慌てる素振りを見せることになったのである。
「何もしてないっ!」
「じゃあ、どうして僕は裸でここにいるの」
「や……やっぱり裸なのか? し……下の方も?」
「……!」

問い返された途端に、瞬がその頬を真っ赤に染める。
自分の身体を覆っている毛布を しがみつくように抱きしめると、瞬は険しい目をして氷河を睨みつけてきた。
「眠ってる人間にこんなことするなんて、ひどい!」
「俺は本当に何もしていないっ !! 」
懸命に訴えてはみたが、自分は絶対に何もしていないという確信を持てずにいた氷河の雄叫びには、おそらく説得力や自信が欠けていたに違いない。
瞬は、氷河の主張を信じる素振りを、全く見せてくれなかった。






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