「さしあたって必要なのは、二人の自覚か」
「あの二人に、今更何を自覚する必要があるんだよ。自分が瞬を好きなことを氷河は知ってるし、瞬だって自分が氷河を好きでいることはわかってるぞ」
「そうではなく……。自分が相手に好かれていることに気付いていないから、氷河と瞬は積極的な行動に出ることができずにいるんだから、そこを自覚させなければならないと 言っているんだ」
「ああ、そういう自覚ね」
紫龍の言葉に、星矢が頷く。
だが、肝心の瞬(の恋心)は、紫龍の提案に首肯しなかった――というより、彼はそうすることができなかったらしい。

「自覚……って……。僕たちは僕たちにできることはすべてした。これ以上何をすればいいのか、僕にはわからないよ……!」
瞬(の恋心)が、泣きそうな瞳を紫龍に向ける。
その瞳は、氷河(だけ)を思う心に充溢していて、非常に瞬らしいと感じられると同時に、あまりに瞬らしくないものでもあった。

恋心だけの存在というものが いかに不自然な存在であるか、彼を見ていると、紫龍は嫌でも理解しないわけにはいかなかった。
それは、確かに美しいものだというのに、どうしても自然なものに感じられない。
もしかしたら善良な心しか持たない人間というものも――もし、そういう人間が本当に存在するとして――彼は決して自然に溶け込むことのできない存在なのではないかと、紫龍は思ったのである。

それはさておき。
「いや、氷河はともかく、瞬がそこまで鈍感か? 俺は、瞬は氷河の気持ちに薄々気付いていると思うぞ。ただ確信を持てずにいるだけで」
「うん……そうなんだ。瞬はそうじゃないかって思ってる。思ってるけど、瞬は意気地なしだから確かめることができないの……」
瞬(の恋心)は、紫龍の見解に同意した。
瞬当人の証言である。
これ以上確実な論拠と後押しはない。
ならば、瞬に確信を与えることができさえすれば、瞬はすぐにでも氷河の胸の中に飛び込んでいく――ということなのだ。

「そういや、氷河は瞬に好きだと告白したことはあるのか」
「あの馬鹿に、そんな気の利いたことのできる甲斐性があるものか。あれは、瞬を好きな自分の気持ちと助平心を隠すのだけで精一杯だ」
氷河に関する氷河(の恋心)の証言にも、もちろん100パーセントの信頼が置ける。

「なら、事は簡単だ。二人が互いに自分の思いを告白し合えばいい。それですべては解決する」
「氷河も瞬もそれをしてくれないから、僕たちは行き場を失ってるんだよ! 瞬が一言、氷河に好きだって言ってくれたら、僕はそれだけでどんなに楽になれるか……!」
瞬(の恋心)の悲痛な訴えに、紫龍は軽く首を左右に振った。
「告白し合うのは、氷河と瞬じゃない。おまえたちだ」
「え?」
「おまえたちが今、ラブレターを書け。そして、それを相手の枕元に置く。目覚めた時に氷河と瞬がそれを読んで告白完了だ」
「ラ……ラブレター……?」
なんという古典的な手法かと、星矢は――そして実は氷河(の恋心)と瞬(の恋心)も――思ったのである。
だが、だからこそ、それは有効な方法なのかもしれない――とも。

氷河からその恋心を綴った手紙をもらった瞬が それを嬉しく思わないはずがないと、瞬(の恋心)は思い、瞬から思いの丈を記した手紙を受け取った氷河が それに感激しないはずがないと、氷河(の恋心)は思った。
「俺が、氷河から瞬へのラブレターを書いて」
「僕が、瞬から氷河へのラブレターを書けばいいんだね」
「そうだ」
「そっか、そうだね。僕だって瞬なんだもの。それは他人の書いたものじゃないよね」
その気になった瞬(の恋心)が、氷河への恋に燃える瞳を更に激しく燃えたたせる。
しかし、そこに氷河(の恋心)の少々不安げな声が水を差してきた。

「しかし、俺はそんなものを書いたことがないぞ」
瞬(の恋心)が、そんな氷河(の恋心)の手を強く握りしめる。
瞬(の恋心)は、意外や 氷河(の恋心)より強く積極的なようだった。
「僕だって、そんなもの書いたことないけど……でも、大丈夫だよ。瞬がどういう言葉に弱いか、僕はよく知ってる。瞬が感動して、氷河のベッドに行かずにいられなくなるような文面を、僕が考えるから」
「それなら俺も――俺も、氷河が喜ぶような文章なら思いつくぞ。読んだ途端に奴が瞬を押し倒さずにいられなくなるような傑作を考えてやる」
「うん……!」

そうと話が決まると、氷河(の恋心)と瞬(の恋心)は早速ラウンジに場所を移動し、センターテーブルにグラード財団の透かしロゴが入ったレターパッドを広げ、熱心に頭と頭を寄せ合いながら、自分に向けたラブレターを書き始めた。
朝まであまり時間がない。
文面を決めて、二人がその下書きを交換し合い清書にとりかかったのは、既に東の空が白み始めた頃だった。
そうしてラブレターを書き上げると、瞬から氷河へのラブレターが瞬(の恋心)から氷河(の恋心)の手に、氷河から瞬へのラブレターが氷河(の恋心)から瞬(の恋心)に手に渡される。
それを大切に胸に押しいただいて、二人はそれぞれ自室のベッドに戻ることになった。

いちゃつきながらラブレターの文面を ああでもないこうでもないと話し合っている二人(の恋心)に付き合わされた星矢と紫龍は さすがに睡魔に負けそうになっていたが、どうやら恋心というものは眠りを知らないものであるらしい。
それぞれの部屋に戻ろうとしている氷河(の恋心)と瞬(の恋心)の瞳は、数時間に及ぶ執筆作業の直後であるにも関わらず、期待と希望に満ち、明るく輝いていて、彼等は自分たちに助力してくれた仲間たちに『ありがとう』と、心からの謝意を伝えてきた。

これで氷河(の恋心)と瞬(の恋心)が氷河と瞬の支配を断念してくれるのなら、一晩だけの徹夜など安いものだと、星矢と紫龍は思ったのである。
自然に反した存在であるところの恋心だけの存在は、それでもやはり美しく、彼等からの謝意を受けることは快さを伴う行為だった。






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