笑われる側から笑う側に 立ち位置の変わった黄金聖闘士たちが、この状況が愉快でたまらないと言わんばかりに満面の笑みを浮かべる。
そして彼等は、ここぞとばかりに、青銅聖闘士たちの用いる言語について、好き勝手な論評を開始した。
「ペガサスの鳴き声も馬の鳴き声も大して変わらんな」
「紫龍のは龍が天に昇るときに発するという燐気の音か」
「白鳥は、死ぬ間際にこの世のものとは思えないほど美しい声で歌を歌うというが、どうにも信じ難いな。あの『くえーくえー』ではろくなメロディも奏でられまい」
「アンドロメダのは鎖が触れ合う時の音か?」
「ここにフェニックスがいなくてよかったぞ。キグナスと区別がつかなかったかもしれない」

「ひん……」
「りん……」
「くえー……」
「ちゃりん……」
4人の青銅聖闘士たちは、自分たちの発する言葉が人間のそれでなくなったことに気付くと、一瞬奇妙な顔になった。
しばしの沈黙の後、ひとところに集まって頭を突き合わせ、ひひんりんりんくえーくえーちゃりんと、ひとしきり吠え合い鳴き合ってみる。
それから 彼等はほぼ同時にその顔をあげ、黄金聖闘士たちを軽蔑したような目で見詰めた。

黄金聖闘士たちは、青銅聖闘士たちの非難めいた その視線にたじたじとなってしまったのである。
なにしろ彼等の瞳には、示し合わせたように同じ感情の色がたたえられていたのだ。
「おい……。ヒヨッコ共、言葉が通じている――のではないか」
「まさか。『ひひん』と『りんりん』と『くえーくえー』と『ちゃりんちゃりん』だぞ。どうすれば会話が成立するというんだ」

黄金聖闘士たちの疑念と不審は当然のものだったろう。
なにより青銅聖闘士たちは、アテナが予測した通り、この異常事態に慌てふためく様子を全く見せなかったのだ。
ヒヨッコたちが取り乱しパニックに陥る様を眺めて笑い飛ばしてやろうという黄金聖闘士たちの思惑は、見事にはずれてしまったのである。

それどころか――パニックに陥るどころか――氷河などはやがて ひどく楽しそうな顔をして瞬の肩に手をまわし、
「くえーくえー」
と、アテナ神殿中に木霊するような 威勢のよい鳴き声を辺りに響かせ始めた。
その鳴き声は、気落ちもしていなければ 困惑も混乱もしていない、むしろこの異常事態を喜び歓迎しているような響きを持ち、弾んでいた。

瞬は、
「ちゃりんちゃりんりんちゃりん」
と鎖の音を響かせながら、氷河の手から逃れようとしていたが、それとても、人のものでなくなった自分の声と言葉にショックを受けてのことには見えない。

氷河と瞬の「くえーくえー」と「ちゃりんちゃりん」は、一定のリズムを有する輪唱のように、アテナ神殿の大広間に交互に響いていた。
到底 美しい歌とは言いようのない音だったが、それでも二人のやりとりは、パニックに陥った人間がひたすら自身の感情を外に発するだけの阿鼻叫喚とは、明確に様相が違っていた。

「……やはり通じているような気がする」
「まさか」
「通じていると思うわよ」
不審と不信の表情を浮かべている黄金聖闘士たちに、沙織があっさり言ってのける。
黄金聖闘士たちは、沙織のその言を否定できるだけの根拠を、氷河と瞬の上に見い出すことができなかった。
しかし、それは信じ難いことでもある。

アテナの言葉に目をみはった彼等の胸中には、もはや青銅聖闘士たちが混乱し、あるいは落ち込む様を見たいという思いは全く残っていなかった。
『くえーくえー』と『ちゃりんちゃりん』で、白鳥座の聖闘士とアンドロメダ座の聖闘士の間には会話が成立しているように見える。
会話は本当に成立しているのか いないのか。
その真偽を知りたいという強い気持ちだけが、今の黄金聖闘士たちの胸中にあるものだった。

「本当ですか」
「ええ、多分」
余裕の笑みを見せてから、アテナが黄金聖闘士たちに尋ねる。
「元に戻してみましょうか?」
真実を知りたい黄金聖闘士たちの中には、アテナのその提案に異議を唱える者はただの一人もいなかった。
「じゃあ、そういうことで」
アテナが黄金聖闘士たちに軽く頷き返す。
途端に、氷河と瞬の口から飛び出てくる音は、人間の使う言葉に戻った。






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