「ちゃりんちゃりんりんちゃりってば、言葉が通じないなら 身体で語り合おうなんて、黄金聖闘士や沙織さんのいるところで、よくそんなことが言えるね!」 「くえーくえーなことを言っても、俺が何を言っているのか、どうせ誰にもわからないんだから」 「他の誰にわからなくても、氷河の考えてることなんて、僕には手に取るようにわかるよ! 星矢や紫龍だって、察しはついてるでしょ。もう少しマトモなことを考えてよ!」 「瞬、氷河、ストップ。そこまでにして」 「え」 沙織に名を呼ばれ、瞬がはっと我にかえる。 瞬は、すぐさま、先程のサガと全く同じ方法で、自らの喉が作り出している音を確認することになった。 「あああああ」 それが鎖の発する音でなくなっていることを確認すると、瞬は大々的に赤面することになってしまったのである。 自らの話す言葉が人語でなくなった時には ろくに慌てた様子を見せなかった瞬が、人語に戻っている自分の声に慌て取り乱し、口をぱくぱくさせ始める。 黄金聖闘士たちの唖然とした表情を認め、やがて瞬は、言葉もなく その顔を俯かせた。 だが、瞬は少々誤解していたのである。 黄金聖闘士たちは、氷河と瞬の会話の内容に呆れ唖然としていたのではなかった。 彼等は、氷河と瞬の間で会話が成立していた事実を認めざるを得なくなったことに、愕然としていたのである。 「す……すごい。本当に会話が成立していたのか。『くえーくえー』と『ちゃりんちゃりん』で」 アテナの聖闘士の中でも最高位にある黄金聖闘士たちが、最も下位の聖闘士である青銅聖闘士たちに驚異の眼差しを向ける。 彼等は、『くえーくえー』と『ちゃりんちゃりん』で会話を成立させていた二人に、純粋に驚いていた。 敬意も感じないが、呆れてもいない。 それは彼等にとって純粋な驚異だったのである。 「瞬たちは、これまで いつだって一人で戦っていたことはなかったんですもの……」 沙織が独り言のように呟いてから、黄金聖闘士たちに向き直る。 彼女は、そして、超自然な出来事に出合って呆然としている黄金聖闘士たちに、この不思議の種明かしをしたのだった。 「互いを理解し合おうという気持ちがあれば、どうにかなるということよ。つまり、愛があれば」 「……」 たった今、氷河が瞬に求めていた“愛”は、アテナの言う愛とは少々内容が違っているのではないか――と、黄金聖闘士たちはもちろん思ったのである。 しかし、『くえーくえー』と『ちゃりんちゃりん』で会話が成立していたという驚異の事実を目の当たりにした衝撃から立ち直り切れていなかった黄金聖闘士たちは、些細な解釈の違いをあげつらうだけの気力を、(今は)持つことができなかった。 「言葉が違い、立場が違い、経験してきたことや価値観が違っても、理解し合おうとする気持ちを失ってはいけないわ。その気持ちがなければ、理解し合うことはできない。そして、理解し合うことができなければ、人は一つの目的のために力を合わせることもできないのよ」 アテナの声と眼差しは、大切な子供たちを教え諭す母親のそれに似ていた。 「地上の平和がアテナの聖闘士の力だけで実現できるものではないことくらい、あなた方にもわかっているはずよ。あなた方だけが強くても駄目、あなた方だけが戦っても駄目。それは、全人類をあげて取り組まなければならないことなの。だからもちろん、あなた方だけが犠牲になる必要もないのよ」 アテナの聖闘士たちが戦っても戦っても、命を賭け、命を捨てて戦っても、彼等の望みは叶うことはない。 厳しく悲しい事実を言葉にしながら、しかし、アテナの声は決して悲観の色を帯びてはいなかった。 彼女は、彼女の聖闘士たちだけでなく、人間そのものを信じ期待しているのだ。 それが、信じることのひどく難しい対象物であるにも関わらず。 人類という集団を成す構成員の一人として、アテナの大いなる愛に心から感謝し、感動しながら。 |