「瞬」
名を呼ばれて、瞬は氷河の愛撫の陶酔から、現実に呼び戻された。
氷河が何のために その名を呼んだのか――は、瞬にもやがてわかった
氷河が瞬の腰に、彼の性器を押しつけてくる。
それは熱く たぎっていて、彼はその意味するところを瞬に知らせようとしたのだ。

氷河は、瞬の手を愛撫するついでに・・・・、その手の持ち主と性交をしたがっている。
諦めだけで氷河に組み敷かれているはずの瞬の身体が あさましく疼いているように、聖なる手を追い求めているはずの男の身体も、欲望に はち切れそうになっているのだ。

瞬はほとんど投げやりな気持ちになっていた――のかもしれない。
本来なら自然に反した、そして初めての行為を恐れる気持ちさえ、悲しくて湧いてこない。
この悲しみが、肉体的な苦痛も、他のすべての感情も、すべてを呑み込んでくれるだろう。
それなら、今 互いが欲し合っているものを与え合うことに、どんな不都合があるというのか。
身体だけでも満たしてもらわなければ、自分の心はこのまま壊れてしまう――と瞬は思った。

「いいよ。氷河のしたいことして」
泣かずに言えたのが不思議なくらいだった。
言えたことが不思議だった。
氷河がその青い瞳で瞬を見詰めてから、
「我慢してくれ」
と、瞬の唇に いたわりの言葉を流し込んでくる。

何を? と、瞬は問い返したかったのである。
死んだ人の代わりを務めさせられることを?
愛されていない人間に犯される屈辱を?
既に瞬の身体は、氷河の前に大きく開かされ、氷河を拒絶することは許されない体勢をとらされていた。

言われなくても我慢する――瞬が そう答えようとした瞬間に、氷河は瞬の中に押し入ってきた。
「……っ!」
瞬の全身が硬直する。
氷河は低い呻きを洩らしたが、彼は瞬の身体の萎縮を見越していたものらしく、それで身を引いたりはしなかった。

少しずつ、彼は瞬のやわらかい肉の抵抗を退けて 瞬の中に侵入し、やがて彼は、彼が満足するところまで彼を沈めきったらしい。
短い安堵の息を洩らしてから、衝撃が大きすぎて目を閉じることさえできずにいたシュンの髪に、彼はその顔を埋めた。
氷河は本当に、ついで・・・で、その性器で瞬を貫き通してしまったのである。

耳許で、氷河が何か囁いたような気がしたが、瞬には氷河の言葉を聞き取ることはできなかった。
悲しみごときの感情では、この痛みを打ち消すことはできない。
瞬の身体を襲った尋常でない痛みを瞬に忘れさせたものは、瞬の肉に食われたそれが、瞬の中から逃げ出そうとする卑怯な動きだった。

無法な侵入をされた時より、痛い。
その痛みが、侵入の痛みを打ち消し、瞬を半狂乱にさせた。
「いやっ」
こんな残酷なことをしておきながら、目的を達成するなり、彼のために悲しみを耐える決意をした人間の疼く身体を残して逃げ出そうとするとは。
瞬は、腰を浮かして、その卑怯なものを追いかけた。
すぐに、瞬の両肩が、氷河の手によってベッドに押しつけられる。
瞬の必死な所作を、氷河はあろうことか笑っている――苦笑しているようだった。

「ばか。これで終わるわけがないだろう」
「あ……あ、だって……」
「我慢が必要なのはこれからだ」
言うなり、一度は瞬の中から逃げ出そうとしたそれが、再び瞬の中に押し入ってくる。
勢いがついていたせいで、それは先程より奥深くまで瞬の身体を貫いた。

「ああっ」
瞬の悲鳴が、歓喜の色を帯びる。
その声に少し驚いたようだったが、氷河はまもなく、そして再び、喉の奥から微かな笑い声を洩らした。
「すごい。ちゃんと感じるんだな。安心した」
「あ……あ?」
「なら、もう我慢しなくてもいいぞ。おまえも俺も」
それはどういう意味なのかと問うまでもなく、瞬はもう我慢ができなくなっていた。
全身を貫く痛みが、もはや快感としか思えない。
瞬の身体は容赦なく抜き差しを繰り返し始めた氷河に絡みつき食いつくことに夢中になってしまっていた。

この氷河が、手だけを愛しているなど、そんなことはたちの悪い冗談に決まっている。
瞬はそう確信して、氷河の性器を追いかけ続けた。
氷河の動きが大胆に激しくなるにつれ 意識が途切れそうになったが、それでも瞬は氷河を追いかけ続けた。
我慢することを忘れて、喉の奥から洩れ続ける嬌声が、やがて掠れた息になる。
それでも氷河は瞬の身体を揺さぶり続けていた。

快楽と思っていたものが、やはり苦しいほどの痛みだったことを、瞬はほとんど狂いかけた心と身体で、やがて思い知ることになったのである。
氷河がやっとその動きを止め、彼が堪えていたものを瞬の中に吐き出した時、瞬は安堵の息を洩らして、それを我が身に染み込むことを許したのだった。

痛みは快楽で、過ぎた快楽は痛みでもある。
あれほど強く“瞬”の身体を求めていた氷河が愛しているものが手だけであるはずがない――という瞬の考えも、そんな錯誤が生んだ錯覚だったのかもしれない。

「おはよう、瞬」
翌朝、朝の挨拶と共に自分の手に口付けてくる氷河をぼんやりと見詰めながら、瞬は再び やり場のない悲しみに囚われ始めていた。






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